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第十八章 — 俗薄俗薄

道徳経(道と徳を説く経典) 道德經 · 老子、注釈 王弼・河上公 · 紀元前4〜3世紀(王弼の注は3世紀) · 段落 3 · 漢字 26字 · 朗読 0.1分

道徳経(道と徳を説く経典) 道経 八十一章、五千字。墓から出た帛書本は今日用いる版本と字が異なり、同じ句をめぐって読みの分かれる箇所が多い。王弼は哲学として、河上公は治めと養生として読む。

1大いなる道がすたれて仁と義が生まれた

大道廢,有仁義;

大いなる道がすたれて、仁と義が生まれ、

注 2
王弼

失無為之事,更以施慧立善道,進物也。

無為の事を失い、かわりに知恵をはたらかせて善の道を立て、物を進ませたのである。

河上公

大道之時,家有孝子,戶有忠信,仁義不見也。大道廢不用,惡逆生,乃有仁義可傳道。

大いなる道があった時代には、家ごとに孝行な子があり、家ごとに忠と信があって、仁と義は現れなかった。大いなる道がすたれて用いられなくなると、悪と逆らいが生じ、そこで仁と義によって道を伝えることができるようになった。

2知恵が出て大きな偽りが生まれた

智慧出,有大偽;

知恵が出て、大きな偽りが生まれ、

注 2
王弼

行術用明,以察姦偽;趣覩形見,物知避之。故智慧出則大偽生也。

術を行い明察を用いて邪悪と偽りを見張るので、意図が現れ形が見えて、物は逃れる術を知るようになる。だから知恵が出れば大きな偽りが生じる。

河上公

智慧之君賤德而貴言,賤質而貴文,下則應之以為大偽姦詐。

知恵のある君主が徳を軽んじて言葉を重んじ、質朴を軽んじて飾りを重んじるので、下の者はそれに応じて大いに偽り、よこしまに欺く。

3六親が和まなくなって孝と慈が生まれた

六親不和,有孝慈;國家昏亂,有忠臣。

六親が和まなくなって孝と慈が生まれ、国家が乱れて忠臣が生まれた。

注 3
王弼

甚美之名生於大惡,所謂美惡同門。六親,父子兄弟夫婦也。若六親自和,國家自治,則孝慈忠臣不知其所在矣。魚相忘於江湖之道,則相濡之德生也。

ひどく美しい名は大きな悪から生まれる。いわゆる美と醜が同じ門から出るということである。六親とは、父と子、兄と弟、夫と妻である。もし六親がおのずから和み、国家がおのずから治まるなら、孝と慈と忠臣がどこにあるのか分からないだろう。魚が川や湖で互いを忘れているような道であれば、互いに潤し合う徳など生じない。

河上公

六紀絕,親戚不合,乃有孝慈相牧養也。

六つの綱が絶え、親戚が和合できなくなって、そこで孝と慈によって互いに養い合うようになった。

河上公

政令不明,上下相怨,邪僻爭權,乃有忠臣匡正其君也。此言天下太平不知仁,人盡無欲不知廉,各自潔己不知貞。大道之世,仁義沒,孝慈滅,猶日中盛明,眾星失光。

政治と命令が明らかでなく、上下が互いに怨み、よこしまな者が権勢を争うようになって、そこで忠臣がその君主を正すようになった。これは、天下が大いに平らかであれば仁を知らず、人がみな欲を持たなければ清廉を知らず、それぞれが自分の身を清くしていれば貞節を知らない、という意味である。大いなる道のある世では、仁と義は埋もれ、孝と慈は消える。日が真昼に明るく照れば、多くの星が光を失うのと同じである。