第29章 — 無為無為
1天下は神妙な器である
將欲取天下而為之,吾見其不得已。天下神器,
天下を取って何かをしようとするなら、わたしにはそれが成らないのが見える。天下は神妙な器であり、
注 5
神,無形無方也。器,合成也。無形以合,故謂之神器也。
神とは形もなく方位もないものであり、器とは合わさって出来上がったものである。形のないものによって合わさるから、神妙な器といったのである。
欲為天下主也。
天下の主になろうとしたのである。
欲以有為治民。
作為をもって民を治めようとしたのである。
我見其不得天道人心已明矣,天道惡煩濁,人心惡多欲。
わたしには、その者が天の道と人の心を得られないことがすでに明らかだと見える。天の道は煩わしく濁ったものを嫌い、人の心は欲の多いものを嫌う。
器,物也。人乃天下之神物也,神物好安靜,不可以有為治。
器とは物である。人は天下の神なる物である。神なる物は安らかで静かなことを好むから、作為をもって治めることはできない。
2手を加えれば損なう
不可為也,為者敗之,執者失之。
手を加えることはできない。手を加えようとする者はこれを損ない、握ろうとする者はこれを失う。
注 3
萬物以自然為性,故可因而不可為也。可通而不可執也。物有常性,而造為之,故必敗也。物有往來而執之,故必失矣。
万物は自ずからそうであることを本性とするから、それに従うことはできても手を加えることはできず、通わせることはできても握ることはできない。物には常なる本性があるのに、作りごとをして手を加えるから、必ず損なう。物には行き来があるのに、それを握ろうとするから、必ず失う。
以有為治之,則敗其質性。
作為をもって治めれば、その素地と性を損なう。
強執教之,則失其情實,生於詐偽也。
無理に押さえつけて教えれば、その真のありさまを失い、偽りと飾りが生じる。
3度を越したものと奢りと大げさなものを捨てる
故物或行或隨,或歔或吹。或強或羸,或挫或隳。是以聖人去甚,去奢,去泰。
だから物は、先に行くこともあり後に従うこともあり、息を吐くこともあり吹くこともある。強いこともあり痩せ弱いこともあり、折れることもあり崩れることもある。そこで聖人は、度を越したものを捨て、奢りを捨て、大げさなものを捨てる。
注 6
凡此諸或,言物事逆順反覆,不施為執割也。聖人達自然之至,暢萬物之情,故因而不為,順而不施。除其所以迷,去其所以惑,故心不亂而物性自得之也。
これらの「あるいは」という言葉はみな、物事が逆らい従い、ひっくり返りまた巡ることをいい、手を下して作ったり握って断ち切ったりしないということである。聖人は自ずからそうであることの極みに達し、万物のありさまに通じている。だから従って手を加えず、順って手を下さない。人を迷わせるもとを取り除き、惑わせるもとを捨てる。だから心が乱れず、物の本性が自ずから得られるのである。
上所行,下必隨之也。
上の者が行えば、下の者は必ずそれに従う。
呴,溫也。吹,寒也。有所溫必有所寒也。
呴とは温かさである。吹とは冷たさである。温かいところがあれば必ず冷たいところがある。
有所強大,必有所贏弱也。
強く大きいところがあれば、必ず弱く力のないところがある。
載,安也。隳,危也。有所安必有所危,明人君不可以有為治國與治身也。
載とは安らかさである。隳とは危うさである。安らかなところがあれば必ず危ういところがあり、君主が作為をもって国を治めたり身を治めたりできないことを明かしたのである。
甚謂貪淫聲色。奢謂服飾飲食。泰謂宮室臺榭。去此三者,處中和,行無為,則天下自化。
甚とは声と色をむさぼることをいう。奢とは衣服と飲み食いをいう。泰とは宮殿と高殿をいう。この三つを捨てて偏らぬところに身を置き、無為を行えば、天下は自ずから変わっていく。