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第四十八章 — 忘知忘知

道徳経(道と徳を説く経典) 道德經 · 老子、注釈 王弼・河上公 · 紀元前4〜3世紀(王弼の注は3世紀) · 段落 6 · 漢字 40字 · 朗読 0.2分

道徳経(道と徳を説く経典) 徳経 八十一章、五千字。墓から出た帛書本は今日用いる版本と字が異なり、同じ句をめぐって読みの分かれる箇所が多い。王弼は哲学として、河上公は治めと養生として読む。

1学を為せば日ごとに増える

為學日益,

学を為せば日ごとに増え、

注 2
王弼

務欲進其所能,益其所習。

その能(のう)とするところを進め、その習うところを増やそうと努める。

河上公

學謂政教禮樂之學也。日益者,情欲文飾日以益多。

学とは、政(まつりごと)と教え、礼と楽の学をいう。日ごとに増えるとは、情と欲と飾りが日ごとに多くなっていくことである。

2道を為せば日ごとに減る

為道日損。

道を為せば日ごとに減る。

注 2
王弼

務欲反虛無也。

虚無に帰ろうと努めるのである。

河上公

道謂之自然之道也。日損者,情欲文飾日以消損。

道とは、おのずからそうである道をいう。日ごとに減るとは、情と欲と飾りが日ごとに消え減っていくことである。

3減らし、また減らして、為すことのないところに至る

損之又損,以至於無為。無為而無不為。

減らし、また減らして、為(な)すことのないところに至る。為すことがないのに、為さないことがない。

注 4
王弼

有為則有所失,故無為乃無所不為也。

為すことがあれば失うところがある。だから、為すことがなくてこそ、為さないところがないのである。

河上公

損情欲也。又損之,所以漸去。

情と欲を減らすのである。また減らすので、それによって次第に消えていく。

河上公

當恬淡如嬰兒,無所造為也。

赤子のように淡々として、作り為(な)すところがないべきである。

河上公

情欲斷絕,德於道合,則無所不施,無所不為也。

情と欲が断ち切られ、徳が道と合えば、施さないところがなく、為さないところがない。

4天下を取るのは常に事のないことによる

取天下常以無事,

天下を取るのは常に事(こと)のないことによるのであり、

注 2
王弼

動常因也。

動くときも常に従うだけである。

河上公

取,治也。治天下當以無事,不當以勞煩也。

取とは治めることである。天下を治めるには事のないことによるべきであり、労し煩わせることによってはならない。

5事があるようになれば

及其有事,

事があるようになれば、

注 2
王弼

自己造也。

自分から作り出すのである。

河上公

及其好有事,則政教煩,民不安,故不足以治天下也。

事があることを好むようになれば、政(まつりごと)と教えが煩わしくなり、民が安らかでなくなる。だから、天下を治めるには足りないのである。

6天下を取るには足りない

不足以取天下。

天下を取るには足りない。

注 1
王弼

失統本也。

統(す)べる本(もと)を失ったのである。