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第65章 — 淳徳淳德

道徳経(道と徳を説く経典) 道德經 · 老子、注釈 王弼・河上公 · 紀元前4〜3世紀(王弼の注は3世紀) · 段落 6 · 漢字 69字 · 朗読 0.3分

道徳経(道と徳を説く経典) 徳経 八十一章、五千字。墓から出た帛書本は今日用いる版本と字が異なり、同じ句をめぐって読みの分かれる箇所が多い。王弼は哲学として、河上公は治めと養生として読む。

1民を明らかにせず素朴にさせる

古之善為道者,非以明民,將以愚之。

古く道をよく行った者は、民を明らかにせず、素朴にさせた。

注 2
王弼

明謂多見巧詐,蔽其樸也。愚謂無知守真,順自然也。

明とは、見ることが多く巧みに偽って、その素朴さを覆い隠すことをいう。愚とは、知ることなく真を守って、自然のままに従うことをいう。

河上公

說古之善以道治身及治國者,不以道教民明智巧詐也,將以道德教民,使質樸不詐偽。

古く道によって身を治め国を治めることをよくした者を述べたのである。道によって民に知恵や巧みな偽りを明らかにするよう教えず、道徳によって民を教え、素朴で偽らないようにさせた。

2知恵が多いので治めがたい

民之難治,以其智多。

民を治めがたいのは、その知恵が多いからである。

注 2
王弼

多智巧詐,故難治也。

知恵が多く巧みに偽るから、治めがたいのである。

河上公

民之所以難治者,以其智多而為巧偽。

民が治めがたい理由は、その知恵が多くて巧みな偽りを為すからである。

3知恵によって国を治めるのは国の賊である

故以智治國,國之賊,

だから、知恵によって国を治めるのは国の賊であり、

注 2
王弼

智,猶治也,以智而治國,所以謂之賊者,故謂之智也。民之難治,以其多智也,當務塞兌閉門,令無知無欲,而以智術動民。邪心既動,復以巧術防民之偽,民知其術,防隨而避之,思惟密巧,奸偽益滋,故曰,以智治國,國之賊也。

智は治めることと同じである。知恵によって国を治めることを賊と呼んだから、これを智と言ったのである。民が治めがたいのはその知恵が多いからであり、まさに穴を塞ぎ門を閉じて、知ることも欲することもないようにすべきなのに、知恵と術策で民を動かす。邪な心がすでに動けば、さらに巧みな術策で民の偽りを防ぎ、民がその術策を知れば、防ぐにつれてこれを避け、こまやかに巧みに思いめぐらすので、奸りと偽りがいよいよ増える。だから、知恵によって国を治めるのは国の賊であると言ったのである。

河上公

使智慧之人治國之政事,必遠道德,妄作威福,為國之賊也。

知恵のある人に国の政事を治めさせれば、かならず道徳から遠ざかり、みだりに威を振るい福を与えるので、国の賊となる。

4これを玄徳という

不以智治國,國之福。知此兩者亦稽式。常知稽式,是謂玄德。玄德深矣,遠矣,

知恵によって国を治めなければ、国の福である。この二つを知ることがまた手本であり、つねに手本を知ることを玄徳という。玄徳は深く、遠く、

注 5
王弼

稽,同也。今古之所同,則而不可廢,能知稽式,是謂玄德,玄德深矣,遠矣。

稽とは同じという意味である。今と昔が同じくするところであるから、手本として廃することはできない。手本を知ることができれば、これを玄徳という。玄徳は深く、遠い。

河上公

不使智慧之人治國之政事,則民守正直,不為邪飾,上下相親,君臣同力,故為國之福也。

知恵のある人に国の政事を治めさせなければ、民は正直を守って邪な飾りを為さず、上と下が互いに親しみ、君と臣が力を同じくするので、国の福となる。

河上公

兩者謂智與不智也。常能智者為賊,不智者為福,是治身治國之法式也。

二つとは知恵があることと知恵がないことをいう。知恵のある者が賊となり、知恵のない者が福となることをつねに知ることができるなら、これが身を治め国を治める手本である。

河上公

玄,天也。能知治身及治國之法式,是謂與天同德也。

玄とは天である。身を治め国を治める手本を知ることができれば、これを天と徳を同じくするという。

河上公

玄德之人深不可測,遠不可及也。

玄徳の人は深くて測ることができず、遠くて及ぶことができない。

5物とともに返る

與物反矣,

物とともに返るのであり、

注 2
王弼

反其真也。

その真へ返るのである。

河上公

玄德之人與萬物反異,萬物欲益己,玄德施與人也。

玄徳の人は万物と反対に違っている。万物は自分に益をそえようとするが、玄徳は人に施し与える。

6そうしてこそ大いなる順いに至る

然後乃至大順。

そうしてこそ大いなる順いに至る。

注 1
河上公

玄德與萬物反異,故能至大順。順天理也。

玄徳は万物と反対に違っているから、大いなる順いに至ることができる。天の理に順うのである。