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第81章 — 顯質顯質

道徳経(道と徳を説く経典) 道德經 · 老子、注釈 王弼・河上公 · 紀元前4〜3世紀(王弼の注は3世紀) · 段落 8 · 漢字 57字 · 朗読 0.2分

道徳経(道と徳を説く経典) 徳経 八十一章、五千字。墓から出た帛書本は今日用いる版本と字が異なり、同じ句をめぐって読みの分かれる箇所が多い。王弼は哲学として、河上公は治めと養生として読む。

1信ずべき言葉は美しくない

信言不美,

信ずべき言葉は美しくなく、

注 2
王弼

實在質也。

実が質にあるのである。

河上公

信者,如其實也。不美者,朴且質也。

信ずべき言葉とは、その実のとおりの言葉である。美しくないとは、素朴で飾らないということである。

2美しい言葉は信ずるに足りない

美言不信。

美しい言葉は信ずるに足りない。

注 2
王弼

本在樸也。

本が樸にあるのである。

河上公

美言者,滋美之華辭。不信者,飾偽多空虛也。

美しい言葉とは、味を添えて飾った華やかな言葉である。信ずるに足りないとは、偽り飾って空虚なところが多いということである。

3知る者は博くない

善者不辯,辯者不善。知者不博,

善い者は言葉を飾らず、言葉を飾る者は善くない。知る者は博くなく、

注 4
王弼

極在一也。

極まるところが一にあるのである。

河上公

善者,以道修身也。不綵文也。

善い者とは、道によって身を修める人である。言葉を彩り飾らない。

河上公

辯者,謂巧言也。不善者,舌致患也。山有玉,掘其山;水有珠,濁其淵;辯口多言,亡其身。

言葉を飾る者とは、巧みな言葉を使う人を指す。善くないとは、舌が患いを招くということである。山に玉があればその山が掘られ、水に珠があればその淵が濁らされ、口を飾って言葉が多ければその身を失う。

河上公

知者,謂知道之士。不博者,守一元也。

知る者とは、道を知る士を指す。博くないとは、一つの元を守るということである。

4聖人は積まない

博者不知。聖人不積,

博い者は知らない。聖人は積まないから、

注 3
王弼

無私自有,唯善是與,任物而已。

私して自分のものとすることがなく、ただ善のみを与え、物に任せるだけである。

河上公

博者,多見聞也。不知者,失要真也。

博い者とは、見聞きしたことが多い人である。知らないとは、要となる真を失ったということである。

河上公

聖人積德不積財,有德以教愚,有財以與貧也。

聖人は徳を積んで財を積まない。徳があれば愚かな者を教え、財があれば貧しい者に与える。

5人のために為せば為すほど自分はいよいよ有る

既以為人己愈有,

人のために為せば為すほど自分はいよいよ有り、

注 2
王弼

物所尊也。

物が尊ぶところである。

河上公

既以為人施設德化,己愈有德。

人のために徳を施して教え導くから、自分にいよいよ徳が有るのである。

6人に与えれば与えるほど自分はいよいよ多い

既以與人己愈多。

人に与えれば与えるほど自分はいよいよ多い。

注 2
王弼

物所歸也。

物が帰するところである。

河上公

既以財賄布施與人,而財益多,如日月之光,無有盡時。

財を人に施し与えるのに、財はいよいよ多くなる。日や月の光のように、尽きるときがない。

7天の道は利して害さない

天之道,利而不害;

天の道は利して害さず、

注 2
王弼

動常生成之也。

動いてつねに生じ成すのである。

河上公

天生萬物,愛育之,令長大,無所傷害也。

天は万物を生み、愛して育て、大きく育たせて、傷め害するところがない。

8聖人の道は為して争わない

聖人之道,為而不爭。

聖人の道は為して争わない。

注 2
王弼

順天之利不相傷也。

天の利に順って互いに傷つけないのである。

河上公

聖人法天所施為,化成事就,不與下爭功名,故能全其聖功也。

聖人は天が施し為すところに法り、教化が成り事が就っても、下の者と功や名を争わない。だからその聖なる功を全うすることができるのである。