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東明王を詠む東明王篇

東国李相国集(東国の李相国の文集) 東國李相國集 · 李奎報(イ・ギュボ) · 1241年(高麗・高宗28年)編 · 1251年に改め補う · 段落 2 · 漢字 1,695字 · 朗読 17.1分

東国李相国集(東国の李相国の文集) 前集 巻3 高麗の李奎報が生涯に作った文章を、子の李涵が1241年に編んで刻み、孫の李益培が1251年に改め補った文集。詩と賦、王に奉った表と箋、寺と塔に付けた記、碑銘と墓誌銘、手紙と序文、そしてモンゴルが攻め入った時に行き交った国書までが収められている。高句麗の始祖を歌った「東明王篇」が前集の巻3にあり、酒と琴と詩を友として自ら白雲居士と名のった人の一日一日が後集に残っている。書は、彼が目を病んで筆を置く最後の詩と、彼が死んだ後に他の人が作って付けた誄書・墓誌銘で閉じる。

世多說東明王神異之事。雖愚夫騃婦。亦頗能說其事。僕嘗聞之。笑曰。先師仲尼。不語怪力亂神。此實荒唐奇詭之事。非吾曹所說。及讀魏書通典。亦載其事。然略而未詳。豈詳內略外之意耶。越癸丑四月。得舊三國史。見東明王本紀。其神異之迹。踰世之所說者。然亦初不能信之。意以爲鬼幻。及三復耽味。漸涉其源。非幻也。乃聖也。非鬼也。乃神也。況國史直筆之書。豈妄傳之哉。金公富軾重撰國史。頗略其事。意者公以爲國史矯世之書。不可以大異之事爲示於後世而略之耶。按唐玄宗本紀。楊貴妃傳。並無方士升天入地之事。唯詩人白樂天恐其事淪沒。作歌以志之。彼實荒淫奇誕之事。猶且詠之。以示于後。矧東明之事。非以變化神異眩惑衆目。乃實創國之神迹。則此而不述。後將何觀。是用作詩以▣▣記之。欲使夫天下知我國本聖人之都耳。

世に東明王の神しく異なる事を語る者が多く、愚かな男や女までもしばしばその事を語る。わたしはかつてそれを聞いて笑って言った。「昔の師である仲尼は、怪しいこと・力ずくのこと・乱れたこと・鬼神を語らなかった。これはまことに荒唐で奇怪な事であり、われわれの語るところではない。」後に『魏書』と『通典』を読むと、そこにもその事が載っていた。しかし簡略で詳しくなかったのは、内のことは詳しく、外のことは簡略に記すという意であったのだろうか。

さる癸丑の年の四月に『旧三国史』を得て東明王本紀を見ると、その神しく異なる跡は世に語られているものを越えていた。しかし初めはやはり信じられず、鬼の幻かと思った。三たび繰り返して味わい、次第にその源に及んでみると、幻ではなく聖なることであり、鬼ではなく神なることであった。まして国の史は直に書いた書であるのに、どうしてみだりに伝えようか。金富軾公が国の史を改めて撰したとき、その事をかなり省いた。思うに公は、国の史は世を正す書であるから、大いに異なる事を後の世に示すことはできないとして省いたのではないか。

唐の玄宗本紀と楊貴妃伝を見ると、方士が天に昇り地に入った事はいずれも載っていないのに、ただ詩人の白楽天がその事の埋もれるのを恐れ、歌を作って記しておいた。それはまことに荒れ淫らで奇怪な事であるのに、なお詠んで後の人に示したのである。まして東明の事は、変化と神異で人々の目を惑わそうとするものではなく、まことに国を建てた神しい跡であるから、これを記しておかなければ後の人は何を見るのか。そこで詩を作って□□記し、天下にわが国がもともと聖人の建てた都であることを知らせようとするのである。

夾注 1

幷序

序を併せて載せる。

元氣判𣳎渾。天皇地皇氏。十三十一頭。體貌多奇異。其餘聖帝王。亦備載經史。女節感大星。乃生大昊摯。女樞生顓頊。亦感瑤光暐。伏羲制牲犧。燧人始鑽燧。生蓂高帝祥。雨粟神農瑞。靑天女媧補。洪水大禹理。黃帝將升天。胡髥龍自至。太古淳朴時。靈聖難備記。後世漸澆漓。風俗例汰侈。聖人間或生。神迹少所示。漢神雀三年。孟夏斗立巳。海東解慕漱。眞是天之子。初從空中下。身乘五龍軌。從者百餘人。騎鵠紛襂襹。淸樂動鏘洋。彩雲浮旖旎。自古受命君。何是非天賜。白日下靑冥。從昔所未視。朝居人世中。暮反天宮裡。吾聞於古人。蒼穹之去地二億萬八千七百八十里。梯棧躡難升。羽翮飛易瘁。朝夕恣升降。此理復何爾。城北有靑河。河伯三女美。擘出鴨頭波。往遊熊心涘。鏘琅佩玉鳴。綽約顔花媚。初疑漢皐濱。復想洛水沚。王因出獵見。目送頗留意。玆非悅紛華。誠急生繼嗣。三女見君來。入水尋相避。擬將作宮殿。潛候同來戱。馬撾一畫地。銅室欻然峙。錦席鋪絢明。金罇置淳旨。蹁躚果自入。對酌還徑醉。王時出橫遮。驚走僅顚躓。長女曰柳花。是爲王所止。河伯大怒嗔。遣使急且駛。告云渠何人。乃敢放輕肆。報云天帝子。高族請相累。指天降龍馭。徑到海宮邃。河伯乃謂王。婚姻是大事。媒贄有通法。胡奈得自恣。君是上帝胤。神變請可試。漣漪碧波中。河伯化作鯉。王尋變爲獺。立捕不待跬。又復生兩翼。翩然化爲雉。王又化神鷹。摶擊何大鷙。彼爲鹿而走。我爲豺而趡。河伯知有神。置酒相燕喜。伺醉載革輿。幷置女於輢。意令與其女。天上同騰轡。其車未出水。酒醒忽驚起。取女黃金釵。刺革從竅出。獨乘赤霄上。寂寞不廻騎。河伯責厥女。挽吻三尺弛。乃貶優渤中。唯與婢僕二。漁師觀波中。奇獸行𩣚騃。乃告王金蛙。鐵網投湀湀。引得坐石女。姿貌甚堪畏。唇長不能言。三截乃啓齒。王知慕漱妃。仍以別宮置。懷日生朱蒙。是歲歲在癸。骨表諒最奇。啼聲亦甚偉。初生卵如升。觀者皆驚悸。王以爲不祥。此豈人之類。置之馬牧中。群馬皆不履。棄之深山中。百獸皆擁衛。母姑擧而養。經月言語始。自言蠅噆目。臥不能安睡。母爲作弓矢。其弓不虛掎。年至漸長大。才能日漸備。扶余王太子。其心生妬忌。乃言朱蒙者。此必非常士。若不早自圖。其患誠未已。王令往牧馬。欲以試厥志。自思天之孫。廝牧良可恥。捫心常竊導。吾生不如死。意將往南土。立國立城市。爲緣慈母在。離別誠未易。其母聞此言。潸然抆淸淚。汝幸勿爲念。我亦常痛痞。士之涉長途。須必憑騄駬。相將往馬閑。卽以長鞭捶。群馬皆突走。一馬騂色斐。跳過二丈欄。始覺是駿驥。潛以針刺舌。酸痛不受飼。不日形甚癯。却與駑駘似。爾後王巡觀。予馬此卽是。得之始抽針。日夜屢加餧。暗結三賢友。其人共多智。南行至淹滯。欲渡無舟艤。秉策指彼蒼。慨然發長喟。天孫河伯甥。避難至於此。哀哀孤子心。天地其忍棄。操弓打河水。魚鼈騈首尾。屹然成橋梯。始乃得渡矣。俄爾追兵至。上橋橋旋圮。雙鳩含麥飛。來作神母使。形勝開王都。山川鬱㠑巋。自坐茀蕝上。略定君臣位。咄哉沸流王。何奈不自揆。苦矜仙人後。未識帝孫貴。徒欲爲附庸。出語不愼葸。未中畫鹿臍。驚我倒玉指。來觀鼓角變。不敢稱我器。來觀屋柱故。咋舌還自愧。東明西狩時。偶獲雪色麂。倒懸蟹原上。敢自呪而謂。天不雨沸流。漂沒其都鄙。我固不汝放。汝可助我懫。鹿鳴聲甚哀。上徹天之耳。霖雨注七日。霈若傾淮泗。松讓甚憂懼。沿流謾橫葦。士民競來攀。流汗相𥈭眙。東明卽以鞭。畫水水停沸。松讓擧國降。是後莫予訾。玄雲羃鶻嶺。不見山邐迤。有人數千許。斵木聲髣髴。王曰天爲我。築城於其趾。忽然雲霧散。宮闕高㠥嵬。在位十九年。升天不下莅。俶儻有奇節。元子曰類利。得劒繼父位。塞盆止人詈。我性本質木。性不喜奇詭。初看東明事。疑幻又疑鬼。徐徐漸相涉。變化難擬議。況是直筆文。一字無虛字。神哉又神哉。萬世之所韙。因思草創君。非聖卽何以。劉媼息大澤。遇神於夢寐。雷電塞晦暝。蛟龍盤怪傀。因之卽有娠。乃生聖劉季。是惟赤帝子。其興多殊祚。世祖始生時。滿室光炳煒。自應赤伏符。掃除黃巾僞。自古帝王興。徵瑞紛蔚蔚。未嗣多怠荒。共絶先王祀。乃知守成君。集蓼戒小毖。守位以寬仁。化民由禮義。永永傳子孫。御國多年紀。

元気が混沌から分かれると、天皇氏と地皇氏が生まれ 頭は十三と十一、体と顔つきがかなり奇異であった。 その他の聖なる帝王たちも、経書と史書に備わって載っている。 女節は大きな星に感じて、大昊の摯を生み 女枢は顓頊を生んだが、これもまた瑶光の輝きに感じたのだ。 伏羲は犠牲の制を作り、燧人は初めて木を擦って火を得た。 蓂莢が生えたのは高帝の瑞であり、穀物が雨のように降ったのは神農の瑞兆であった。 青い天を女媧が繕い、大水を禹が治めた。 黄帝が天に昇ろうとすると、髭のある龍がおのずから至った。 太古の素朴であった時には、霊しく聖なる事を書き尽くしがたかったのに 後の世が次第に薄くなり、風俗が例のごとく奢るようになると 聖人がまれに生まれはしても、霊しい跡を示すことは少なくなった。 漢の神雀三年、初夏に北斗が巳を指すとき 海東の解慕漱は、まことに天の子であった。 初めて空中から下りて来るとき、身は五つの龍が引く車に乗り 従う者百余人は、鵠に乗って羽衣をひるがえした。 清らかな楽が鏘々と鳴り、彩りの雲がむくむくと浮かんだ。 昔から命を受けた君が、どうして天の授けた者でないことがあろうが 真昼に青い天から下りて来るのは、昔から見たことのない事であった。 朝には人の世にいて、夕べには天の宮に帰った。 わたしが古人に聞いたところでは、青い天は地から二億万八千七百八十里離れているという。 梯子では踏んで登りがたく、翼で飛んでも疲れやすいのに 朝夕に思うままに昇り降りしたとは、この理はまたどうしたことか。 城の北に青河があり、河伯の三人の娘が美しかった。 鴨の頭色の波を分けて出て、熊心の水辺へ遊びに行った。 鏘々と佩玉が鳴り、しなやかな顔は花のように美しく 初めは漢皐の水辺かと思い、また洛水の洲かと思った。 王が狩りに出て見ると、目を送ってかなり心に留めた。 これは華やかさを喜んだのではなく、まことに跡を継ぐ子を得るのが急だったからだ。 三人の娘は君が来るのを見て、水に入ってすぐに避けた。 やがて宮殿を建て、ともに来て遊ぶのをひそかに待とうと 馬の鞭で地を一度引くと、銅の家がたちまちそびえ立った。 錦の席をまばゆく敷き、金の樽に良い酒を置くと ひらひらと果たして自ら入って来て、向かい合って飲みすぐに酔った。 王がその時出て遮ると、驚いて走り、つまずき倒れた。 長女を柳花といい、これが王に引き留められた者である。 河伯は大いに怒って、使いを急ぎ走らせ 「お前はどういう者で、あえてこれほど勝手にするのか」と言うと 「天帝の子です、高い家と婚姻を結びたいのです」と答えた。 天を指すと龍の車が下りて来て、まっすぐ深い海の宮に至った。 河伯はそこで王に言った、「婚姻は大事であり 媒と贄に通じた法があるのに、どうして勝手にするのか。 そなたが上帝の子孫なら、神しい変化を試してみよう」と。 さざめく青い波の中で、河伯が鯉に変わると 王はすぐ獺に変わり、半歩も行かぬうちに捕らえた。 また両の翼が生えて、ひらりと雉に変わると 王はまた霊しい鷹に変わり、打ちかかることのなんと猛々しいことか。 あちらが鹿となって走れば、こちらは豺となって追った。 河伯は神しさがあると知って、酒を設けてともに楽しみ 酔うのを窺って革の輿に載せ、娘も車の脇にともに乗せ その娘とともに、天の上へ並んで昇らせようとした。 その車がまだ水を出ないうちに、酒が醒めてふいに驚き起き 娘の黄金の釵を取って、革を刺して穴から抜け出し 独り赤い霄の上へ昇って、寂しく帰って来なかった。 河伯はその娘を責めて、唇を引いて三尺も伸ばし 優渤の中に落として、ただ婢僕を二人だけ添えた。 漁師が波の中を見ると、奇しい獣があちこち行くので 王の金蛙に申し上げ、鉄の網を激しい流れに投げ 石に坐った女を引き上げたが、姿がひどく恐ろしいほどであった。 唇が長くて物が言えず、三度切ってようやく口を開いた。 王は慕漱の妃と知って、そのまま別宮に置いた。 日の光を宿して朱蒙を生んだが、この年は癸亥の年であった。 骨柄と姿がまことに最も奇しく、泣く声もひどく大きかった。 初めに升ほどの卵を生むと、見る者は皆驚き怖れた。 王は不祥だとして、「これがどうして人の類であろうか」と言い 馬を飼う所に置いたが、群れの馬はみな踏まず 深い山の中に捨てたが、あらゆる獣がみな守った。 母がひとまず引き取って育てると、一月を過ぎて物を言い始めた。 自ら言うには「蠅が目を刺して、臥しても安らかに眠れません」と。 母が弓と矢を作ってやると、その弓はむなしく引くことがなかった。 年が次第に長じると、才能が日ごとに備わった。 扶余王の太子は、その心に妬みが生じ 言うには「朱蒙という者は、これは必ず尋常の士ではありません 早く手を打たなければ、その患いはまことに止まないでしょう」と。 王は行って馬を飼わせたが、それでその志を試そうとしたのだ。 自ら思うに天の孫として、下男となって馬を飼うのはまことに恥ずかしく 胸を撫でて常に独りつぶやいた、「わたしが生きるのは死ぬのに及ばない。 南の土地へ行って、国を建て城と市を立てたいが 慈しみ深い母がおられるゆえに、別れることはまことに易くない」と。 その母はこの言葉を聞いて、はらはらと清らかな涙を拭いながら 「お前はどうか案じるな、わたしもまた常に胸が痛かった。 士が長い道を行くには、必ず騄駬に頼らねばならない」と言い ともに馬屋へ行き、すぐに長い鞭で打つと 群れの馬はみな驚いて走り、一頭の赤い馬が色あざやかで 二丈の柵を跳び越えたので、初めてこれが駿馬だと分かった。 ひそかに針で舌を刺すと、酸く痛んで飼葉を受けず 幾日もたたぬうちに姿がひどく痩せて、かえって鈍い馬のようになった。 その後、王が見回って、「この馬をお前にやろう」と言った。 得てから初めて針を抜き、昼も夜もしきりに飼った。 ひそかに賢い友三人と結んだが、その人たちは皆知恵が多かった。 南へ行って淹滞水に至ると、渡ろうにも寄せる舟がなかった。 鞭を取ってあの青い天を指し、慨然として長く嘆いた。 「天帝の孫、河伯の外孫が、難を避けてここに至りました。 哀れな哀れな孤りの子の心を、天と地が見捨てるに忍びましょうか。」 弓を取って河の水を打つと、魚と鼈が頭と尾を並べて 高々と橋を成したので、ようやく渡ることができた。 たちまち追う兵が至り、橋に上ると橋はすぐ崩れた。 二羽の鳩が麦を含んで飛び来たり、神しい母の使いとなった。 形勝の地に王都を開いたが、山と川が鬱蒼として高く大きかった。 自ら茅の席の上に坐って、君と臣の位をおおよそ定めた。 ああ沸流王よ、どうして自らを量らず 仙人の後であることを苦しいまでに誇り、帝の孫の貴さを知らなかったのか。 ただ附庸にしようとして、言葉を出すのに慎まなかった。 描いた鹿の臍にも当てられずに、玉の指環が砕けるのを見て驚いた。 来て鼓と角が変わったのを見ては、あえて自分の器だと言えず 来て家の柱が古びたのを見ては、舌を噛んでかえって自ら恥じた。 東明が西へ狩りに出た時、たまたま雪の色の麂を得て 蟹原の上に逆さに吊るし、あえて自ら呪って言うには 「天が沸流に雨を降らせ、その都と村を押し流さなければ わたしは決してお前を放さないから、お前はわたしの憤りを助けよ」と。 鹿の鳴く声がひどく哀れで、上は天の耳に徹し 長雨が七日降り注ぎ、淮水と泗水を傾けたようであった。 松譲はひどく憂え怖れ、流れに沿ってむなしく葦の縄を横に張ると 士も民も争って来てすがり、汗を流して互いに見つめ合うばかりであった。 東明がそこで鞭で、水を引くと水は溢れるのをやめ 松譲が国を挙げて降り、この後わたしを謗る者はなかった。 黒い雲が鶻嶺を覆って、山の連なる様が見えないのに 数千人が木を伐るような音がほのかに聞こえた。 王が言うには「天がわたしのために、その麓に城を築くのだ」と。 たちまち雲と霧が晴れると、宮殿が高々とそびえていた。 位にあること十九年、天に昇って再び下りて来なかった。 すぐれて奇しい節のある、長子を類利といった。 剣を得て父の位を継ぎ、盆を塞いで人の謗りを止めた。 わたしの性はもともと質朴で、奇しく怪しいものを好まない。 初め東明の事を見た時は、幻かと疑い、また鬼かと疑った。 ゆっくりと次第に分け入ると、その変化は量り論じがたかった。 まして、これは直に書いた文であり、一字も虚しい字がない。 神しいかな、また神しいかな、万世にわたって是とすべきことだ。 それで思うに、国を初めて建てた君は、聖人でなければどうしてそうできよう。 劉媼が大きな沢のほとりで休み、夢うつつに神に遇うと 雷と電が暗々と覆い、蛟龍が怪しく蟠った。 それによってすぐ身ごもり、ついに聖なる劉季を生んだが これこそ赤帝の子であり、その興るに並ならぬ福が多かった。 世祖が初めて生まれた時には、部屋いっぱいに光が輝き 自ら赤伏符に応じて、黄巾の偽りを掃き除いた。 昔から帝王が興るには、瑞祥の徴がしきりに盛んであったが 後を継ぐ者が多く怠り荒れて、ともに先王の祀りを絶った。 そこで分かる、成ったものを守る君は、苦い蓼を集める苦しみを経て後の事を慎まねばならないことを。 寛さと仁で位を守り、礼と義で民を教え導き 永く永く子孫に伝えて、国を治めることが長い年月に及ぶのだということを。

夾注 39

漢神雀三年四月甲寅。

漢の神雀三年(紀元前59年)四月甲寅の日である。

本記云。夫余王解夫婁老無子。祭山川求嗣。所御馬至鯤淵。見大石流淚。王怪之。使人轉其石。有小兒金色蛙形。王曰。此天錫我令胤乎。乃收養之。名曰金蛙。立爲太子。其相阿蘭弗曰。日者天降我曰。將使吾子孫。立國於此。汝其避之。東海之濱有地。號迦葉原。土宜五穀。可都也。阿蘭弗勸王移都。號東夫余。於舊都。解慕漱爲天帝子來都。

本紀に言う。扶余王の解夫婁は老いるまで子がなく、山川に祭って跡を継ぐ子を祈った。乗って行った馬が鯤淵に至り、大きな石を見て涙を流した。王が怪しんで人に命じてその石を転がさせると、金色の蛙の形をした幼子がいた。王は「これは天がわたしに立派な子を授けたのではないか」と言って引き取って育てた。名を金蛙といい、太子とした。その宰相の阿蘭弗が言った。「先日、天がわたしに下って言うには『やがてわが子孫にここで国を建てさせようとするから、お前は避けよ。東海のほとりに土地があって迦葉原という。土地が五穀に適していて都とするに足る』ということでした。」阿蘭弗は王に勧めて都を移し、東扶余といった。旧い都には解慕漱が天帝の子となって来て都とした。

漢神雀三年壬戌歲。天帝遣太子降遊扶余王古都。號解慕漱。從天而下。乘五龍車。從者百餘人。皆騎白鵠。彩雲浮於上。音樂動雲中。止熊心山。經十餘日始下。首戴烏羽之冠。腰帶龍光之劒。

漢の神雀三年、壬戌の年に天帝が太子を遣わし、扶余王の旧い都に下って遊ばせた。名を解慕漱という。天から下りて来るとき五つの龍が引く車に乗り、従う者百余人はみな白い鵠に乗り、彩りの雲が上に浮かび、楽が雲の中で鳴った。熊心山に留まって十日あまり過ぎてからようやく下りて来た。頭には烏の羽の冠をかぶり、腰には龍光の剣を帯びていた。

朝則聽事。暮卽升天。世謂之天王郞。

朝には政を聞き、夕べには天に昇った。世の人は彼を天王郎と呼んだ。

靑河今鴨綠江也。

青河は今の鴨緑江である。

長曰柳花。次曰萱花。季曰葦花。

長女を柳花、次女を萱花、末娘を葦花といった。

自靑河出遊熊心淵上。

青河から出て熊心淵の上へ遊びに行った。

神姿艶麗。雜佩鏘洋。與漢皐無異。

霊しい姿が美しく、さまざまな佩玉が鏘々と鳴って、漢皐の神女と変わるところがなかった。

王謂左右曰。得而爲妃。可有後胤。

王が左右に言った。「得て妃とすれば、跡を継ぐ子を持てるだろう。」

其女見王卽入水。左右曰。大王何不作宮殿。俟女入室。當戶遮之。王以爲然。以馬鞭畫地。銅室俄成壯麗。於室中。設三席置樽酒。其女各坐其席。相勸飮酒大醉云云。

その女たちは王を見るとすぐ水に入った。左右が言った。「大王はどうして宮殿を建て、女たちが部屋に入るのを待って戸を塞がれないのですか。」王はもっともだと思い、馬の鞭で地を引くと、銅の家がたちまち出来上がって壮麗であった。部屋の中に席を三つ設けて樽を置くと、その女たちはそれぞれ自分の席に座り、互いに勧めて酒を飲み、大いに酔ったという。

王俟三女大醉急出。遮女等驚走。長女柳花。爲王所止。

王は三人の女が大いに酔うのを待って急に出て塞いだので、女たちは驚いて逃げ、長女の柳花が王に引き留められた。

河伯大怒。遣使告曰。汝是何人。留我女乎。王報云。我是天帝之子。今欲與河伯結婚。河伯又使告曰。汝若天帝之子。於我有求昏者。當使媒云云。今輒留我女。何其失禮。王慙之。將往見河伯。不能入室。欲放其女。女旣與王定情。不肯離去。乃勸王曰。如有龍車。可到河伯之國。王指天而告。俄而五龍車從空而下。王與女乘車。風雲忽起。至其宮。

河伯は大いに怒って使いを遣わして言った。「お前はどういう者で、わたしの娘を引き留めているのか。」王は答えた。「わたしは天帝の子で、今、河伯と婚姻を結びたいのです。」河伯はまた人を遣わして言った。「お前が天帝の子なら、わたしに婚姻を求めるのに当然媒を遣わすべきなのに、今いきなりわたしの娘を引き留めるとは、どうしてこれほど礼を失うのか。」王は恥じて河伯に会いに行こうとしたが、その家に入ることができず、その娘を放そうとした。娘はすでに王と情を交わした身なので去ろうとせず、王に勧めた。「龍の車があれば河伯の国に至れます。」王が天を指して告げると、たちまち五つの龍が引く車が空中から下りて来た。王と娘が車に乗ると、風と雲がにわかに起こってその宮に至った。

河伯備禮迎之。坐定。謂曰。婚姻之道。天下之通規。何爲失禮。辱我門宗云云。

河伯は礼を整えて迎え、席を定めて言った。「婚姻の道は天下に通じる法であるのに、どうして礼を失ってわが家門を辱めるのか」と言ったという。

車傍曰輢。

車の脇を輢という。

河伯之酒。七日乃醒。

河伯の酒は七日経たなければ醒めない。

叶韻

韻を合わせたのである。

河伯曰。王是天帝之子。有何神異。王曰。唯在所試。於是。河伯於庭前水。化爲鯉。隨浪而游。王化爲獺而捕之。河伯又化爲鹿而走。王化爲豺逐之。河伯化爲雉。王化爲鷹擊之。河伯以爲誠是天帝之子。以禮成婚。恐王無將女之心。張樂置酒。勸王大醉。與女入於小革輿中。載以龍車。欲令升天。其車未出水。王卽酒醒。取女黃金釵刺革輿。從孔獨出升天。

河伯が言った。「王が天帝の子なら、どんな神しさがあるのか。」王が言った。「試されればよろしい。」そこで河伯が庭先の水で鯉に変わって波に沿って泳ぐと、王は獺に変わって捕らえた。河伯がまた鹿に変わって逃げると王は豺に変わって追い、河伯が雉に変わると王は鷹に変わって打った。河伯はまことに天帝の子だと思い、礼を整えて婚姻を成した。王に娘を連れて行く気がないのを恐れ、楽を設け酒を備えて王に勧めて大いに酔わせ、娘とともに小さな革の輿に入れ、龍の車に載せて天に昇らせようとした。その車がまだ水を出ないうちに王は酒から醒め、娘の黄金の釵で革の輿を刺し、穴から独り出て天に昇った。

河伯大怒。其女曰。汝不從我訓。終欲我門。令左右絞挽女口。其唇吻長三尺。唯與奴婢二人。貶於優渤水中。優渤澤名。今在太伯山南。

河伯は大いに怒ってその娘に言った。「お前がわたしの教えに従わず、ついにわが家門を辱めた。」左右に命じて娘の口を引かせると、その唇が三尺も伸びた。婢僕を二人だけ添えて優渤水の中に落とした。優渤は淵の名で、今の太白山の南にある。

漁師強力扶鄒告曰。近有盜梁中魚而將去者。未知何獸也。王乃使魚師以網引之。其網破裂。更造鐵網引之。始得一女。坐石而出。其女唇長不能言。令三截其唇乃言。

漁師の強力扶鄒が申し上げた。「このごろ魚梁の中の魚を盗んで行くものがありますが、何の獣か分かりません。」王が漁師に命じて網で引き出させると網が裂けた。改めて鉄の網を作って引き出すと、ようやく一人の女が石に座ったまま出て来た。その女は唇が長くて物が言えず、その唇を三度切らせた後にようやく物を言った。

王知天帝子妃。以別宮置之。其女懷中日曜。因以有娠。神雀四年癸亥歲夏四月。生朱蒙。啼聲甚偉。骨表英奇。初生左腋生一卵。大如五升許。王怪之曰。人生鳥卵。可爲不祥。使人置之馬牧。群馬不踐。棄於深山。百獸皆護。雲陰之日。卵上恒有日光。王取卵送母養之。卵終乃開得一男。生未經月。言語竝實。

王は天帝の子の妃だと知って別宮に置いた。その女の懐の中に日の光が射し、それによって身ごもった。神雀四年、癸亥の年の夏四月に朱蒙を生んだが、泣く声がひどく大きく、骨柄と姿がぬきんでて奇しかった。初めて生むとき左の脇から卵を一つ生んだが、大きさは五升ほどであった。王は怪しんで言った。「人が鳥の卵を生んだのは不祥といえる。」人に命じて馬を飼う所に置かせると群れの馬は踏まず、深い山に捨てるとあらゆる獣がみな守った。曇った日にも卵の上には常に日の光があった。王は卵を取って母に送って育てさせると、卵がついに開いて男の子を一人得た。生まれて一月にならないうちに言葉がみな明らかであった。

謂母曰。群蠅噆目。不能睡。母爲我作弓矢。其母以蓽作弓矢與之。自射紡車上蠅。發矢卽中。扶余謂善射曰朱蒙。

母に言った。「蠅の群れが目を刺して眠れませんから、母上はわたしに弓と矢を作ってください。」その母が竹の枝で弓と矢を作ってやると、自ら糸車の上の蠅を射たが、射るたびに当てた。扶余では弓の上手なことを朱蒙という。

年至長大。才能竝備。金蛙有子七人。常共朱蒙遊獵。王子及從者四十餘人。唯獲一鹿。朱蒙射鹿至多。王子妬之。乃執朱蒙縛樹。奪鹿而去。朱蒙拔樹而去。太子帶素言於王曰。朱蒙者。神勇之士。瞻視非常。若不早圖。必有後患。

年が長じると才能がすべて備わった。金蛙に七人の子があり、常に朱蒙とともに狩りをした。王子と従う者四十余人がやっと鹿一頭を獲たのに、朱蒙は鹿を非常に多く射て獲た。王子は妬んで朱蒙を捕らえて木に縛り、鹿を奪って行った。朱蒙は木を抜き捨てて行った。太子の帯素が王に言った。「朱蒙は霊しく勇ましい人で、目つきが尋常でありませんから、早く手を打たなければ必ず後の患いがあるでしょう。」

王使朱蒙牧馬。欲試其意。朱蒙內自懷恨。謂母曰。我是天帝之孫。爲人牧馬。生不如死。欲往南土造國家。母在不敢自專。其母云云。

王は朱蒙に馬を飼わせて、その志を試そうとした。朱蒙は内に恨みを抱いて母に言った。「わたしは天帝の孫なのに人のために馬を飼っていますから、生きるのは死ぬのに及びません。南の土地へ行って国を建てたいのですが、母上がおられるので敢えて自分の心のままにできません。」その母が言ったという。

通典云。朱蒙所乘。皆果下也。

『通典』に「朱蒙が乗ったものはみな果下馬である」とある。

其母曰。此吾之所以日夜腐心也。吾聞士之涉長途者。須憑駿足。吾能擇馬矣。遂往馬牧。卽以長鞭亂捶。群馬皆驚走。一騂馬跳過二丈之欄。朱蒙知馬駿逸。潛以針捶馬舌根。其馬舌痛。不食水草。甚瘦悴。王巡行馬牧。見群馬悉肥大喜。仍以瘦錫朱蒙。朱蒙得之。拔其針加餧云。

その母が言った。「これこそわたしが昼も夜も心を痛めていたことだ。わたしが聞くには、士が長い道を行くには必ず駿馬に頼らねばならないというから、わたしが馬を選んでやれる。」そこで馬を飼う所に行き、すぐに長い鞭でむやみに打つと、群れの馬はみな驚いて走り、赤い馬が一頭、二丈の柵を跳び越えた。朱蒙はその馬が駿馬だと知って、ひそかに針を馬の舌の根に刺した。その馬は舌が痛んで水も草も食べず、ひどく痩せた。王が馬を飼う所を見回り、群れの馬がみな肥えているのを見て大いに喜び、その痩せた馬を朱蒙に与えた。朱蒙はその馬を得て針を抜き、飼ったという。

烏伊,摩離,陜父等三人。

烏伊・摩離・陜父の三人である。

一名蓋斯水。在今鴨綠東北。

一名を蓋斯水といい、今の鴨緑江の東北にある。

欲渡無舟。恐追兵奄及。迺以策指天。慨然嘆曰。我天帝之孫。河伯之甥。今避難至此。皇天后土。憐我孤子。速致舟橋。言訖。以弓打水。魚鼈浮出成橋。朱蒙乃得渡。良久追兵至。

渡ろうにも舟がなく、追う兵がすぐ迫るのを恐れ、そこで鞭で天を指し、慨然として嘆いた。「わたしは天帝の孫、河伯の外孫で、今、難を避けてここに至りました。皇天后土よ、わたし孤りの子を憐れんで、早く舟か橋を送ってください。」言い終えて弓で水を打つと、魚と鼈が浮かび上がって橋を成し、朱蒙は渡ることができた。しばらくして追う兵が至った。

追兵至河。魚鼈橋卽滅。已上橋者。皆沒死。

追う兵が川に至ると魚と鼈の橋はすぐ消え、すでに橋に上っていた者はみな溺れ死んだ。

朱蒙臨別。不忍暌違。其母曰。汝勿以一母爲念。乃裹五穀種以送之。朱蒙自切生別之心。忘其麥子。朱蒙息大樹之下。有雙鳩來集。朱蒙曰。應是神母使送麥子。乃引弓射之。一矢俱擧。開喉得麥子。以水噴鳩。更蘇而飛去云云。

朱蒙が別れるとき去るに忍びなかったので、その母は「お前は母一人のことを思うな」と言って五穀の種を包んで送った。朱蒙は生き別れる心が切なくて、その麦の種を忘れてしまった。朱蒙が大きな木の下で休んでいると、鳩が二羽飛んで来て止まった。朱蒙は「これはきっと神しい母上が麦の種を送られたのだろう」と言って弓を引いて射ると、一矢で二羽とも落ちた。喉を開いて麦の種を得、水を鳩に吹きかけると生き返って飛んで行ったという。

王自坐茀蕝之上。略定君臣之位。

王は自ら茅の席の上に坐って、君と臣の位をおおよそ定めた。

沸流王松讓出獵。見王容貌非常。引而與坐曰。僻在海隅。未曾得見君子。今日邂逅。何其幸乎。君是何人。從何而至。王曰。寡人。天帝之孫。西國之王也。敢問君王繼誰之後。讓曰。予是仙人之後。累世爲王。今地方至小。不可分爲兩王。君造國日淺。爲我附庸可乎。王曰。寡人。繼天之後。今主非神之胄。强號爲王。若不歸我。天必殛之。松讓以王累稱天孫。內自懷疑。欲試其才。乃曰願與王射矣。以畫鹿置百步內射之。其矢不入鹿臍。猶如倒手。王使人以玉指環。懸於百步之外射之。破如瓦解。松讓大驚云云。

沸流王の松譲が狩りに出て、王の容貌が尋常でないのを見て引いてともに座り、言った。「海の片隅に偏っていて、いまだ君子を見たことがなかったが、今日こうして会えたのは何と幸いなことか。そなたはどういう人で、どこから来たのか。」王が言った。「寡人は天帝の孫で西の国の王である。あえて問うが、君は誰の跡を継いだのか。」松譲が言った。「わたしは仙人の後で、代々王を務めている。今、土地がたいそう狭くて二人の王に分けられないから、そなたは国を建ててまだ間もないのだから、わたしの附庸となってはどうか。」王が言った。「寡人は天の跡を継いだが、今そなたは神の後でもないのに無理に王と称している。わたしに帰順しなければ天が必ず滅ぼすだろう。」松譲は王が幾度も天孫と称するのに内心疑いを抱き、その才を試そうとして言った。「王と弓を射たい。」描いた鹿を百歩の内に置いて射たが、その矢は鹿の臍に入らなかったのに、手を返すほどたやすいことのように思った。王が人に命じて玉の指環を百歩の外に掛けて射ると、瓦が砕けるように壊れた。松譲は大いに驚いたという。

王曰。以國業新造。未有鼓角威儀。沸流使者往來。我不能以王禮迎送。所以輕我也。從臣扶芬奴進曰。臣爲大王取沸流鼓角。王曰。他國藏物。汝何取乎。對曰。此天之與物。何爲不取乎。夫大王困於扶余。誰謂大王能至於此。今大王奮身於萬死之危。揚名於遼左。此天帝命而爲之。何事不成。於是扶芬奴等三人。往沸流取鼓而來。沸流王遣使告曰云云。王恐來觀鼓角。色暗如故。松讓不敢爭而去。

王が言った。「国を建てたばかりでまだ鼓と角の威儀がなく、沸流の使者が行き来するのに、わたしが王の礼で迎え送ることができないから、それでわたしを軽んじるのだ。」従う臣の扶芬奴が進み出て言った。「臣が大王のために沸流の鼓と角を取って来ましょう。」王が言った。「他国が隠し置いた物を、お前がどうして取って来られようか。」答えた。「これは天が与えた物ですのに、どうして取って来られないことがありましょう。大王が扶余で困苦されたとき、誰が大王がここに至られると言ったでしょうか。今、大王は万死の危うさから身を奮って遼東の左に名を轟かされましたが、これは天帝が命じてなさったことですから、何事が成らないでしょう。」そこで扶芬奴ら三人が沸流に行って鼓を取って来た。沸流王は使者を遣わして告げたという。王は沸流が来て鼓と角を見るのを恐れ、色を暗くして古い物のように見せたので、松譲はあえて争わずに帰った。

松讓欲以立都。先後爲附庸。王造宮室。以朽木爲柱。故如千歲。松讓來見。竟不敢爭立都先後。

松譲が都を建てた先後をもって附庸にしようとしたので、王は宮室を建てるのに朽ちた木で柱を立て、千年を経たもののようにした。松譲は来て見て、ついにあえて都の先後を争わなかった。

大鹿曰麂

大きな鹿を麂という。

西狩獲白鹿。倒懸於蟹原。呪曰。天若不雨而漂沒沸流王都者。我固不汝放矣。欲免斯難。汝能訴天。其鹿哀鳴。聲徹于天。霖雨七日。漂沒松讓都。王以葦索橫流。乘鴨馬。百姓皆執其索。朱蒙以鞭畫水。水卽減。六月。松讓擧國來降云云。

西へ狩りをして白い鹿を獲、蟹原に逆さに吊るして呪った。「天が雨を降らせて沸流王の都を押し流さなければ、わたしは決してお前を放さないから、この難を逃れたければお前は天に訴えよ。」その鹿が哀しく鳴いて声が天に徹すると、長雨が七日降って松譲の都を押し流した。王が葦の縄を水に横に張って鴨の馬に乗ると、民はみなその縄に取りついた。朱蒙が鞭で水を引くと水はすぐ減った。六月に松譲が国を挙げて来て降ったという。

七月。玄雲起鶻嶺。人不見其山。唯聞數千人聲以起土功。王曰。天爲我築城。七日。雲霧自散。城郭宮臺自然成。王拜皇天就居。

七月に黒い雲が鶻嶺に起こって人々はその山を見ることができず、ただ数千人の声が土工をしているように聞こえた。王は「天がわたしのために城を築くのだ」と言った。七日して雲と霧がおのずから晴れると、城郭と宮殿と楼台がひとりでに出来上がっていた。王は皇天を拝して進んで住んだ。

秋九月。王升天不下。時年四十。太子以所遺玉鞭。葬於龍山云云。

秋九月に王が天に昇って下りて来なかったが、この時年は四十であった。太子は遺された玉の鞭を龍山に葬ったという。

類利少有奇節云云。少以彈雀爲業。見一婦戴水盆。彈破之。其女怒而詈曰。無父之兒。彈破我盆。類利大慙。以泥丸彈之。塞盆孔如故。歸家問母曰。我父是誰。母以類利年少戱之曰。汝無定父。類利泣曰。人無定父。將何面目見人乎。遂欲自刎。母大驚止之曰。前言戱耳。汝父是天帝孫。河伯甥。怨爲扶餘之臣。逃往南土。始造國家。汝往見之乎。對曰。父爲人君。子爲人臣。吾雖不才。豈不愧乎。母曰。汝父去時有遺言。吾有藏物七嶺七谷石上之松。能得此者。乃我之子也。類利自往山谷。搜求不得。疲倦而還。類利聞堂柱有悲聲。其柱乃石上之松木。體有七稜。類利自解之曰。七嶺七谷者。七稜也。石上松者。柱也。起而就視之。柱上有孔。得毀劒一片。大喜。前漢鴻嘉四年夏四月。奔高句麗。以劒一片。奉之於王。王出所有毀劒一片合之。血出連爲一劍。王謂類利曰。汝實我子。有何神聖乎。類利應聲。擧身聳空。乘牖中日。示其神聖之異。王大悅。立爲太子。

類利は幼い時から奇しい節があったという。幼い時に雀を射るのを事としていたが、ある婦人が水甕を頭に載せて行くのを見て射て壊した。その女が怒って「父のない子がわたしの甕を射て壊した」と罵った。類利はひどく恥じて、泥の弾で射て甕の穴を塞ぎ、元のようにした。家に帰って母に尋ねた。「わたしの父は誰ですか。」母は類利が幼いのでからかって言った。「お前には決まった父がない。」類利は泣いて言った。「人に決まった父がなければ、これから何の顔で人に会えましょう。」そして自ら首を刺そうとした。母は大いに驚いて止めて言った。「さきの言葉は冗談だ。お前の父は天帝の孫、河伯の外孫であるが、扶余の臣であることを恨んで南の土地へ逃れ、初めて国を建てられた。お前は行って会うか。」答えた。「父は人の君となり、子は人の臣となるのでは、わたしは才がないとはいえ、どうして恥ずかしくないでしょうか。」母が言った。「お前の父が去るとき遺した言葉がある。『わたしは物を七つの嶺七つの谷の石の上の松に隠しておいたから、これを得る者こそわが子だ』と。」類利は自ら山谷に行って探したが得られず、疲れて帰った。類利は家の柱から悲しい音がするのを聞いたが、その柱こそ石の上の松で、身に七つの稜があった。類利は自ら解いて「七つの嶺七つの谷とは七つの稜であり、石の上の松とは柱である」と言い、起って行って見ると柱の上に穴があって折れた剣の一片を得、大いに喜んだ。前漢の鴻嘉四年(紀元前17年)の夏四月に高句麗へ駆けつけ、剣の一片を王に奉った。王が持っていた折れた剣の一片を出して合わせると、血が出てつながり一振りの剣となった。王は類利に言った。「お前がまことにわが子なら、どんな神聖さがあるか。」類利は声に応じて身を挙げて空中に躍り上がり、窓から入る日の光に乗ってその神聖な奇しさを示した。王は大いに喜んで太子とした。