妃子を送る送妃子
明皇遺錄曰。漁陽叛書聞。六軍不進。力士奏曰。軍中皆言禍胎尙在行宮。侯元吉前奏願斬貴妃首。懸之太白旗以令諸中。帝叱曰。妃子。後宮之貴人。投鼠尙忌器。何必懸首而軍中方知也。力士奏曰。願陛下面賜妃子死。以慰軍心。貴妃泣曰。上帝之尊。勢豈不庇能一婦人使之生乎。一門俱族。而延及臣妾。得無甚乎。帝曰。萬口一辭。牢不可破。國忠等雖死。軍猶不發。妃子一死。以塞天下之謗。妃子曰。願得帝送妾數步。妾死無憾。左右引妃子去。帝起立目送之。妃子十步九反顧。帝泣下交頤。
『明皇遺錄』にいう。漁陽の反乱の知らせが届くと、六軍が進まなかった。力士が奏して言った。「軍中ではみな、災いの種がまだ行宮にいると言っています。侯元吉が先に、貴妃の首を斬って太白の旗に掛け、軍中に号令することを願うと奏しました。」帝は叱って言った。「妃子は後宮の貴人である。鼠を投げるにも器を惜しむというのに、どうして首を掛けてはじめて軍中が知るというのか。」力士が奏した。「陛下が自ら妃子に死を賜って、軍の心を慰められることを願います。」貴妃は泣いて言った。「帝のお尊さで、どうして一人の女をかばって生かす勢いがないのでしょう。一門がみな滅ぼされ、わたくしにまで及ぶのは、あまりではありませんか。」帝は言った。「万の口が一つの言葉で、固くて破れない。國忠たちが死んでも軍はなお出発しない。妃子一人が死んで天下の謗りを塞いでくれ。」妃子は言った。「帝がわたくしを数歩お送りくださるなら、死んでも恨みはありません。」左右が妃子を引いて行くと、帝は立ち上がって目で見送った。妃子は十歩のうち九度振り返り、帝は涙が頬を伝って流れた。
軍情洶洶固難違。忍遣紅顔正掩暉。豈以大唐天子貴。勢窮莫庇一宮妃。
軍の心が騒がしくまことに背きがたく 忍んで紅い顔がまさに輝きを隠すようにさせた どうして大唐の天子の尊さをもってしても 勢いが尽きれば一人の宮妃をかばえなかったのか