いにしえの文 › 東国李相国集(東国の李相国の文集) › 前集 巻9
正月十九日、再び扶寧郡に至って作る正月十九日。復到扶寧郡有作。
東国李相国集(東国の李相国の文集) 前集 巻9 高麗の李奎報が生涯に作った文章を、子の李涵が1241年に編んで刻み、孫の李益培が1251年に改め補った文集。詩と賦、王に奉った表と箋、寺と塔に付けた記、碑銘と墓誌銘、手紙と序文、そしてモンゴルが攻め入った時に行き交った国書までが収められている。高句麗の始祖を歌った「東明王篇」が前集の巻3にあり、酒と琴と詩を友として自ら白雲居士と名のった人の一日一日が後集に残っている。書は、彼が目を病んで筆を置く最後の詩と、彼が死んだ後に他の人が作って付けた誄書・墓誌銘で閉じる。
滿空飛雪落紛紛。弓劒相磨貔虎羣。來往八千餘步地。指麾四十六州軍。曉寒虛閣生淸籟。夕霽長天卷駮雲。門外幾人皆墮指。愧予猶擁綺羅薰。
空に満ちて飛ぶ雪が乱れて落ち 弓と剣が擦れ合う貔と虎の群れだ 往き来するのは八千歩あまりの地であり 指揮するのは四十六州の軍だ 暁の寒さに空の閣が清らかな音を立て 夕べに晴れて長い空が斑の雲を巻く 門の外では幾人もが指を落とすほどなのに 恥ずかしい、わたしはまだ綺羅の薫りを抱いている
夾注 1
自全州到扶寧八千步。
全州から扶寧までが八千歩である。