いにしえの文 › 東国李相国集(東国の李相国の文集) › 前集 巻12

衣を質に入れて感ずるところがあり、崔宗藩君に示す典衣有感。示崔君宗藩。

東国李相国集(東国の李相国の文集) 東國李相國集 · 李奎報(イ・ギュボ) · 1241年(高麗・高宗28年)編 · 1251年に改め補う · 段落 1 · 漢字 320字 · 朗読 3.3分

東国李相国集(東国の李相国の文集) 前集 巻12 高麗の李奎報が生涯に作った文章を、子の李涵が1241年に編んで刻み、孫の李益培が1251年に改め補った文集。詩と賦、王に奉った表と箋、寺と塔に付けた記、碑銘と墓誌銘、手紙と序文、そしてモンゴルが攻め入った時に行き交った国書までが収められている。高句麗の始祖を歌った「東明王篇」が前集の巻3にあり、酒と琴と詩を友として自ら白雲居士と名のった人の一日一日が後集に残っている。書は、彼が目を病んで筆を置く最後の詩と、彼が死んだ後に他の人が作って付けた誄書・墓誌銘で閉じる。

季春十一日。廚竈無晨炊。妻將典衣裘。我初訶止之。若言寒已退。人亦奚此爲。若言寒復至。來冬我何資。妻却恚而言。子何一至癡。裘雖未鮮麗。是妾手中絲。愛惜固倍子。口腹急於斯。一日不再食。古人謂之飢。飢則旦暮死。寧有來冬期。呼僮卽遣售。謂可數日支。所得不相直。疑僮或容私。僮顔有憤色。告以買者辭。殘春已侵夏。此豈賣裘時。早爲禦寒計。緣我有餘貲。如非有餘者。斗粟不汝貽。我聞慙且恧。有淚空沾頤。三冬織紝功。一旦棄如遺。尙未救大歉。立竹羅飢兒。反思少壯日。世事百不知。讀書數千卷。科第若摘髭。居然常自負。好爵謂易縻。胡爲賦命薄。抱此窮途悲。端心反省己。亦豈無瑕疵。嗜酒不自檢。飮輒傾千巵。平日心所蓄。及醉不能持。盡吐而後已。不知讒謗隨。行身一如此。窮餓亮其宜。下不爲人喜。上不爲天毗。觸地皆玷纇。無事不參差。是我所自取。嗟哉又怨誰。屈指自數罪。擧鞭而三笞。旣往悔何及。來者儻可追。

晩春の十一日 台所の竈に朝の炊きがない 妻が皮衣を質に入れようとするので 私は初め叱って止めた もし寒さがもう退いたと言うのなら 人もまた、どうしてこんなことをしよう もし寒さがまた来ると言うのなら 来る冬に私は何を頼りにしよう 妻はかえって怒って言った あなたはどうしてそこまで愚かなのか 皮衣は鮮やかで華やかではないが これは妾の手から出た糸だ 惜しむ心はもとよりあなたの倍だが 口と腹がこれより急だ 一日に二度食べられないのを 昔の人は飢えというのだ 飢えれば朝夕のうちに死ぬのに どうして来る冬の約束があろう、と 下男を呼んですぐ売りに行かせ 数日はしのげるだろうと思った 得たものが値に見合わないので 下男が私心をはたらかせたかと疑った 下男の顔に憤った色があり 買った者の言葉をこう告げた 残る春がもう夏に入り込んでいるのに これがどうして皮衣を売る時だろう 早くから寒さを防ぐ算段をするのは 私に余る財があるからだ もし余りのある者でなかったなら 一斗の粟もお前に与えはしない、と 私は聞いて恥ずかしく、また気まずくて 涙がいたずらに頤を濡らした 三つの冬を織った働きが 一朝にして捨て物のようになった それでも大きな不作を救えず 竹が立つように飢えた子らが並んでいる かえって若く壮んだった日を思えば 世の事を百のうち一つも知らなかった 書を数千巻読み 科挙の及第を、髭を抜くように思った そのまま常に自ら恃んで 良い官職はたやすく繋げると思っていた どうして与えられた命が薄くて この行き詰まった道の悲しみを抱くのか 心を正して省み、己を顧みれば またどうして瑕がないものか 酒を好んで自ら慎まず 飲めばすぐに千の杯を傾けた 平生、心に蓄えていたものを 酔えば保つことができず ことごとく吐き出してはじめて止めた 讒言と謗りが従うことを知らなかった 身の処し方がひたすらこうなのだから 窮して飢えるのは、まことに当然だ 下は人の喜びとならず 上は天の助けとならない 触れる地はみな瑕と節で 食い違わない事が一つもない これは私が自ら招いたことだ ああ、その上に誰を怨もう 指を折って自ら罪を数え 鞭を挙げて三度打つ 過ぎたことは、悔いても何に及ぼう 来るものは、もしや追えるかもしれない