いにしえの文 › 東国李相国集(東国の李相国の文集) › 前集 巻16

文禅師が覚月首座を哭した詩に次韻する次韻文禪師哭覺月首座

東国李相国集(東国の李相国の文集) 東國李相國集 · 李奎報(イ・ギュボ) · 1241年(高麗・高宗28年)編 · 1251年に改め補う · 段落 1 · 漢字 56字 · 朗読 0.6分

東国李相国集(東国の李相国の文集) 前集 巻16 高麗の李奎報が生涯に作った文章を、子の李涵が1241年に編んで刻み、孫の李益培が1251年に改め補った文集。詩と賦、王に奉った表と箋、寺と塔に付けた記、碑銘と墓誌銘、手紙と序文、そしてモンゴルが攻め入った時に行き交った国書までが収められている。高句麗の始祖を歌った「東明王篇」が前集の巻3にあり、酒と琴と詩を友として自ら白雲居士と名のった人の一日一日が後集に残っている。書は、彼が目を病んで筆を置く最後の詩と、彼が死んだ後に他の人が作って付けた誄書・墓誌銘で閉じる。

世喪彌天釋苑賢。我方聞訃倍凄然。空餘廬岳裁蓮社。無復華亭載月船。聞有詩評嗟未覿。早修僧傳僅終編。法門梁棟今頽折。後學憑誰討十玄。

世は天に満ちるほどの仏門の賢者を失った わたしは訃報を聞いて、いっそう物悲しい むなしく廬山に蓮社を設けた昔話だけが残り もう華亭に月を載せる舟はない 「詩評」があると聞きながら見られなかったことを嘆き 早くに『高僧伝』を修めて、かろうじて編を終えられた 法門の梁と柱が今や折れてしまった 後学は誰を頼りに十玄を論じればよいのか

夾注 2

師嘗著詩評不示予。

師はかつて「詩評」を著したが、わたしには見せなかった。

師曾修高僧傳。

師はかつて『高僧伝』を修めた。