いにしえの文 › 東国李相国集(東国の李相国の文集) › 前集 巻18

言ったことを悔いる言悔

東国李相国集(東国の李相国の文集) 東國李相國集 · 李奎報(イ・ギュボ) · 1241年(高麗・高宗28年)編 · 1251年に改め補う · 段落 1 · 漢字 80字 · 朗読 0.9分

東国李相国集(東国の李相国の文集) 前集 巻18 高麗の李奎報が生涯に作った文章を、子の李涵が1241年に編んで刻み、孫の李益培が1251年に改め補った文集。詩と賦、王に奉った表と箋、寺と塔に付けた記、碑銘と墓誌銘、手紙と序文、そしてモンゴルが攻め入った時に行き交った国書までが収められている。高句麗の始祖を歌った「東明王篇」が前集の巻3にあり、酒と琴と詩を友として自ら白雲居士と名のった人の一日一日が後集に残っている。書は、彼が目を病んで筆を置く最後の詩と、彼が死んだ後に他の人が作って付けた誄書・墓誌銘で閉じる。

我性本訥言。庶幾無口過。昨日率爾言。我死誰伐者。有客笑而對。子語似未可。才俊世所稀。當憂伐者寡。子非異於人。所益無一箇。何必見代爲。俚唱宜無和。其言雖似訐。其意未大左。我悔前言失。起拜再三謝。

わたしの性はもとより口が重く 口の過ちが無いことを願っていた 昨日うっかりと言った 「わたしが死んだら誰が讃えてくれようか」と ある客が笑って答えた 「あなたの言葉は正しくないようだ 才ある人は世に稀なのだから 讃える者が少ないことを憂えるべきだ あなたは人と違うのではなく 益するところが一つも無い どうして代わりに作ってもらうことを望むのか 俗な歌には和する者が無いのが当然だ」と その言葉は暴き立てるようだったが その意は大きく外れてはいなかった わたしは先の言葉の過ちを悔いて 起って拝し、二三度礼を述べた