いにしえの文 › 東国李相国集(東国の李相国の文集) › 前集 巻19

尹司業威が南原を安撫したことを讃える頌 — 序をあわせる尹司業威安撫南原頌幷序

東国李相国集(東国の李相国の文集) 東國李相國集 · 李奎報(イ・ギュボ) · 1241年(高麗・高宗28年)編 · 1251年に改め補う · 段落 2 · 漢字 365字 · 朗読 3.9分

東国李相国集(東国の李相国の文集) 前集 巻19 高麗の李奎報が生涯に作った文章を、子の李涵が1241年に編んで刻み、孫の李益培が1251年に改め補った文集。詩と賦、王に奉った表と箋、寺と塔に付けた記、碑銘と墓誌銘、手紙と序文、そしてモンゴルが攻め入った時に行き交った国書までが収められている。高句麗の始祖を歌った「東明王篇」が前集の巻3にあり、酒と琴と詩を友として自ら白雲居士と名のった人の一日一日が後集に残っている。書は、彼が目を病んで筆を置く最後の詩と、彼が死んだ後に他の人が作って付けた誄書・墓誌銘で閉じる。

1序

承安五年。予理完山。司業尹公。出爲廉察。一方畏敬。時南原有群不逞。嘯聚黨與。屯山自固。圖爲叛逆。守倅懦不得制。奔報廉察使。是日公以單騎入府。喩以禍福。賊徒無不感泣聽命。於是誅首謀者二三人。餘皆赦之。便致安定。闔境慶抃。予聞之。嗟嘆不足。謹成短頌一首。遙獻于行軒。

承安五年に、わたしは完山を治めていた。司業の尹公が出て廉察使となったので、一方の地が畏れ敬った。その時、南原に不逞の群れがあり、仲間を呼び集めて山に屯して自ら固め、叛逆を企てた。守倅は懦くて制することができず、走って廉察使に報せた。この日、公は単騎で府に入り、禍と福をもって諭したので、賊の徒は感じて泣き、命を聴かない者は無かった。そこで首謀者の二三人だけを誅し、残りはみな赦したので、たちまち安定し、境内がこぞって慶び手を打った。わたしはこれを聞いて、感嘆し足りなかったので、謹んで短い頌一首を作り、遠く行軒に献じる。

夾注 1

文以類附。無所述先後。

文を類によって附けたので、述べた前後の順は無い。

2頌

帶方古郡。維南右臂。一臂若折。於身何使。地廣人悍。逆詐鋒起。有頑賊類。圖爲不軌。驅脅平民。聚結如蟻。負山自固。厲兵犀利。間出摽奪。充其糧糒。植根漸牢。拔之不易。父老驚惶。兔奔鹿趡。曰守曰倅。面汗如水。奔告使軒。言出涕墮。公曰爾曹。何不早備。龜玉毀櫝。是誰之恥。爾旣不制。吾其忍視。卽日命駕。其車不軛。奮髥坐府。急召渠帥。命之使前。喩以生死。賊泣聽命。捨兵擲鍦。但誅首謀。餘悉不理。林林賊徒。革心慕義。咸曰我曹。初不自揆。如馭狂馬。奔突難止。其力莫勝。倩人執轡。若無是人。身敗命棄。嗟嗟我曹。無奈類是。公若不止。吾走何指。父老再生。抃躍以喜。咸曰我公。脫我虎齒。繄我首領。實公之賜。頌聲隨風。洋溢千里。功碩名大。齊天等地。歌以形容。完山未吏。

帯方の古い郡は 南の右の腕である 一つの腕がもし折れたら 身をどうして使えようか 地は広く人は悍く 逆らい欺くことが鋒のように起こった 頑なな賊の類があって 軌に外れたことを企てた 平民を駆り脅して 蟻のように集まり結び 山を負って自ら固め 兵を研いで鋭くした 時折出て来て奪い取り その糧を満たした 根を植えたのが次第に牢くなり これを抜くのは容易でなかった 父老たちは驚き惶れ 兔のように走り鹿のように跳ねた 守と言い倅と言う者たちは 面に水のような汗を流した 使者の軒に走って告げ 言葉を出すと涕が落ちた 公が言われた、「お前たちは どうして早く備えなかったのか 亀の甲と玉が櫝の中で毀れたのだから これは誰の恥か お前たちがすでに制せないのに わたしがどうして忍んで見ていられようか」と その日のうちに車を命じ その車に軛を掛けるのも待たなかった 髥を奮って府に坐し 急いで渠帥を召した これに命じて前に出させ 生と死をもって諭した 賊は泣いて命を聴き 兵を捨て鍦を投げた ただ首謀だけを誅し 残りはすべて問わなかった 群がっていた賊の徒が 心を改めて義を慕い みな言った、「わたしたちは 初めに自ら量らなかった 狂った馬を馭するようで 奔り突くのを止め難く その力に勝てないので 人を請んで轡を執らせた もしこの方がいなかったら 身は敗れ命は棄てられていたろう ああ、わたしたちが このようにならずにいられただろうか 公がもし止めてくださらなかったら わたしたちは走ってどこを指したろうか」と 父老たちは再び生きて 手を打ち跳ねて喜ぶ みな言う、「わが公が わたしたちを虎の歯から脱れさせてくださった わたしたちのこの首領は まことに公の賜である」と 讃える声が風に随って 千里に溢れる 功は碩く名は大きく 天と斉しく地と等しい 歌をもって形容するのは 完山のつまらない吏である