いにしえの文 › 東国李相国集(東国の李相国の文集) › 前集 巻19
法華経の頌、止観の讃 — 序をあわせる法華經頌。止觀贊。幷序
東国李相国集(東国の李相国の文集) 前集 巻19 高麗の李奎報が生涯に作った文章を、子の李涵が1241年に編んで刻み、孫の李益培が1251年に改め補った文集。詩と賦、王に奉った表と箋、寺と塔に付けた記、碑銘と墓誌銘、手紙と序文、そしてモンゴルが攻め入った時に行き交った国書までが収められている。高句麗の始祖を歌った「東明王篇」が前集の巻3にあり、酒と琴と詩を友として自ら白雲居士と名のった人の一日一日が後集に残っている。書は、彼が目を病んで筆を置く最後の詩と、彼が死んだ後に他の人が作って付けた誄書・墓誌銘で閉じる。
1序
予爲天壽寺大禪師諱智覺所賞遇。每造丈室。輒使酒佯狂。略不讀內典。師曰。子之狂。年少使然。行必自省。但古之士大夫。多讀法華經。爲修心之要。子亦爾耶。予感泣諦聽。自是常讀不輟。凡讀八萬七千五百五言。則實衆生入一乘之弘門也。又約於師曰。三日內能頌二卷乎。師未之信焉。凡閱三日。詣方丈。背經頌之。未及首品之終。師焚香危坐而聽曰。老僧自少業是經。猶未頌一卷一品。而子之捷若是。豈宿劫所習耶。因復以止觀大義。略指遵之。予頗窺一斑。退作法華經頌奉呈云。
わたしは天寿寺の大禅師、諱は智覚に目をかけられた。方丈に行くたびに酒で狂ったふりをし、少しも内典を読まなかった。師が言われた、「あなたの狂いは年が若いからそうなるのだ。進んで行けば必ず自ら省みるだろう。ただ昔の士大夫は『法華経』を多く読んで、心を修める要とした。あなたもそうするか」と。わたしは感じて泣き、詳しく聴き、これより常に読んで止めなかった。およそ八万七千五百五字を読むと、まことに衆生が一乗に入る広い門であった。また師に約して、「三日の内に二巻を誦えられましょうか」と言ったが、師は信じられなかった。およそ三日を経て方丈に参り、経を背にして誦えた。初めの品の終わりに至る前に、師は香を焚いて正しく坐して聴き、こう言われた。「老僧は若い時からこの経を業としてきたが、まだ一巻一品も誦えられない。それなのにあなたの速さがこのようなのは、どうして前の劫で習ったものでないことがあろうか」と。そこでさらに止観の大義を大まかに指し示して従わせられた。わたしはいささか一斑を窺い、退いて「法華経頌」を作り、奉って差し上げる。