いにしえの文 › 東国李相国集(東国の李相国の文集) › 前集 巻19
達摩大師の像に付けた讃達摩大師像贊
東国李相国集(東国の李相国の文集) 前集 巻19 高麗の李奎報が生涯に作った文章を、子の李涵が1241年に編んで刻み、孫の李益培が1251年に改め補った文集。詩と賦、王に奉った表と箋、寺と塔に付けた記、碑銘と墓誌銘、手紙と序文、そしてモンゴルが攻め入った時に行き交った国書までが収められている。高句麗の始祖を歌った「東明王篇」が前集の巻3にあり、酒と琴と詩を友として自ら白雲居士と名のった人の一日一日が後集に残っている。書は、彼が目を病んで筆を置く最後の詩と、彼が死んだ後に他の人が作って付けた誄書・墓誌銘で閉じる。
面壁小林。欲傳心耳。心已傳於震旦。將身與形而西矣。當其見在。可傳者心兮。無用者身。身已去矣。何必寫眞。寫眞求心。若尋蛇蛻而索珠。曰身曰眞。孰有孰無。身是夢中物。眞爲夢中夢。混混溟溟。皆歸于無兮。唯心兮與月長共。
小林で壁に面したのは 心を伝えようとしただけだ 心はすでに震旦に伝え 身と形は持って西へ去った 生きておられた時でさえ 伝えるに足るものは心で 用の無いものは身だった 身はすでに去ったのに どうして肖像を描く必要があろうか 肖像を描いて心を求めるのは 蛇の脱け殻を尋ねて珠を索めるようなものだ 身と言い肖像と言うが どちらが有り、どちらが無いのか 身は夢の中の物で 肖像は夢の中の夢だ 混々と溟々として みな無に帰るけれども ただ心だけは月とともに長く在るだろう