いにしえの文 › 東国李相国集(東国の李相国の文集) › 前集 巻19

安処士の墨竹の讃安處士墨竹贊

東国李相国集(東国の李相国の文集) 東國李相國集 · 李奎報(イ・ギュボ) · 1241年(高麗・高宗28年)編 · 1251年に改め補う · 段落 1 · 漢字 64字 · 朗読 0.7分

東国李相国集(東国の李相国の文集) 前集 巻19 高麗の李奎報が生涯に作った文章を、子の李涵が1241年に編んで刻み、孫の李益培が1251年に改め補った文集。詩と賦、王に奉った表と箋、寺と塔に付けた記、碑銘と墓誌銘、手紙と序文、そしてモンゴルが攻め入った時に行き交った国書までが収められている。高句麗の始祖を歌った「東明王篇」が前集の巻3にあり、酒と琴と詩を友として自ら白雲居士と名のった人の一日一日が後集に残っている。書は、彼が目を病んで筆を置く最後の詩と、彼が死んだ後に他の人が作って付けた誄書・墓誌銘で閉じる。

棄庵居士。於竹通仙。一掃其眞。暗契自然。手爲心使。嘗以心傳。心指手應。物何逃焉。竹故見之。莫藏其天。一節一葉。盡呈其全。人與筆逝。邈若千年。尺紈遺迹。價抵萬錢。

棄庵居士は 竹において仙人のように通じていた ひと掃きでその真の姿を写し 人知れず自然に契った 手は心が使うものだから かつて心をもって伝えた 心が指せば手が応じるので 物がどうして逃げられようか 竹もそれゆえ彼を見ると その天から受けたものを蔵せなかった 一つの節、一つの葉まで その全きをすべて呈した 人と筆がともに逝ったので 遥かなこと千年のようだ 一尺の絹に遺った迹が 値が万銭に至る

夾注 1

常自號棄庵居士

常に自ら棄庵居士と号した。