いにしえの文 › 東国李相国集(東国の李相国の文集) › 前集 巻21

『十二国史』を彫り直したのちに書いた序十二國史重彫後序

東国李相国集(東国の李相国の文集) 東國李相國集 · 李奎報(イ・ギュボ) · 1241年(高麗・高宗28年)編 · 1251年に改め補う · 段落 1 · 漢字 87字 · 朗読 0.8分

東国李相国集(東国の李相国の文集) 前集 巻21 高麗の李奎報が生涯に作った文章を、子の李涵が1241年に編んで刻み、孫の李益培が1251年に改め補った文集。詩と賦、王に奉った表と箋、寺と塔に付けた記、碑銘と墓誌銘、手紙と序文、そしてモンゴルが攻め入った時に行き交った国書までが収められている。高句麗の始祖を歌った「東明王篇」が前集の巻3にあり、酒と琴と詩を友として自ら白雲居士と名のった人の一日一日が後集に残っている。書は、彼が目を病んで筆を置く最後の詩と、彼が死んだ後に他の人が作って付けた誄書・墓誌銘で閉じる。

十二國史。諸史之樞要也。漁獵不煩。而足以鑑諸國之興亡善惡。故今按部盧公軾。雖居衛霍之班。雅好孔姬之術。於書傳中偏嗜是書。弭節完山。募工彫印。以施學者。是亦好善君子利人之一端也。某月日。全州牧掌書記某序。

『十二国史』は、もろもろの史書の要である。広く探るのに煩わしくないうえに、諸国の興亡と善悪を鏡とするに十分である。だから今の按部の盧軾は、武官の列にありながら孔子や周公の学を好み、書伝のなかでもとりわけこの書を愛した。完山に車を止め、工人を集めて彫り刷り、学ぶ者に施した。これもまた善を好む君子が人を利する一つのあり方である。某月某日、全州牧掌書記某が序す。