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『妙法蓮華経心』と三十七品讃頌の序妙法蓮華經心幷三十七品讚頌序

東国李相国集(東国の李相国の文集) 東國李相國集 · 李奎報(イ・ギュボ) · 1241年(高麗・高宗28年)編 · 1251年に改め補う · 段落 1 · 漢字 188字 · 朗読 1.6分

東国李相国集(東国の李相国の文集) 前集 巻21 高麗の李奎報が生涯に作った文章を、子の李涵が1241年に編んで刻み、孫の李益培が1251年に改め補った文集。詩と賦、王に奉った表と箋、寺と塔に付けた記、碑銘と墓誌銘、手紙と序文、そしてモンゴルが攻め入った時に行き交った国書までが収められている。高句麗の始祖を歌った「東明王篇」が前集の巻3にあり、酒と琴と詩を友として自ら白雲居士と名のった人の一日一日が後集に残っている。書は、彼が目を病んで筆を置く最後の詩と、彼が死んだ後に他の人が作って付けた誄書・墓誌銘で閉じる。

妙法蓮華經心四句偈者。文簡旨備。含一部之義。雖衰耄多忘及女人不識文字者。亦易誦持。與讀大本同其利。則實可謂用力少而見功多者也。其所謂三十七品讚頌者。不知誰所撰歟。愚竊疑後之若沙門法師者。其意豈以爲向所謂老忘與女人。其根器不同。有止讀經心者。有欲讀一部則不及。而讀經心四句則有餘者。故於三十七品。各著讚頌。置於不及有餘之間。引而進之。輒欲勸之者歟。侍郞金元瑜得唐本。切欲摹印廣施於人。其爲利可涯哉。旣募工彫鏤。因乞予冠之以序云。

『妙法蓮華経心』の四句の偈は、文が簡略でありながら意味が備わり、一部の経の義を含んでいる。老いて忘れっぽい者や、女人で文字を知らない者でも、たやすく唱えて持つことができ、大本を読むのと同じ利がある。まことに、力を使うことが少なくて功を見ることの多いものといえる。

いわゆる三十七品讃頌というものは、誰が撰したのか分からない。愚かな私がひそかに推し量るには、後の世の沙門や法師のような人ではないかと思う。その意図はおそらく、さきに言った老いて忘れる者と女人とは、その根器が同じでなく、ただ経心だけを読む者もあれば、一部を読もうとすれば足りないが、経心の四句を読めば余りがある者もあるので、三十七品のそれぞれに讃頌を著して、足りないことと余ることのあいだに置き、引いて進ませ、すすんで勧めようとしたのではないか。

侍郎の金元瑜が唐本を手に入れ、ぜひとも刷り出して広く人に施したいと願った。その利はどこまでだろうか。すでに工人を集めて彫らせ、続いて私に、序をその初めに置いてほしいと乞うた。