鼂錯の無念を晴らす論爲鼂錯雪冤論
古之人論漢之英明之君。則首稱文景。然以誅錯事觀之。景帝不足謂之明矣。且國政。非臣之所能專斷而行之者也。陳其利害而取斷於君上者。臣之職也。受下之謀議。商酌可否。而後行之者。君之明也。錯旣爲漢臣。患諸侯之彊大難制。欲因過削地。以尊京師。此可謂忠於國者也。遂以此奏於上。上亦不能獨裁。與公卿列侯宗室雜議而後行之。則咎不獨在錯矣。脫七國實爲錯而發兵者。業已用其計而致此。則是亦朝廷之恥也。宜徐觀其變。然後誅之未晚也。錯之削諸侯。亦非不慮其反逆而策之者也。宜委以制禦之任。有不可而後誅之亦可矣。況吳王卽山鑄錢。煮海爲鹽。爲反計數十年。而後與六國發之。則名雖誅錯。其意不在錯也。苟其勢可以抗京師。則雖急斬錯以謝。祗自示中國之輕耳。終不爲罷兵明矣。苟不能以區區七國能抗京師。則雖不誅錯。其若予何耶。其誅之也。雖斷自上心。猶爲不可。況聽其讎者之讒。以戮忠臣。內爲袁盎復讎。外爲諸侯報仇。其不明孰大焉。又使中尉紿載行市。是欺臣也。以天子而斬一鼂錯。何必誑耶。是亦非人君之政也。過孰甚焉。惜也銳於爲國遠慮。而反受誅戮。鼂錯之冤。不亦甚乎。以文帝之疏斥賈誼。較諸此則彼特過之小小者耳。況誼之斥也。未幾復徵。傅上之愛子。而其策雖未盡見用。其所採而施於世者亦多矣。則不可謂大失其志者也。然後世猶以不大用爲之冤也。況如錯者乎。予是以譏景帝之不明。以此雪錯之深冤也。嗚呼。有努力扶我身者。誤而少失其手。則未及踣地。而敢怒斥耶。
昔の人が漢の英明な君を論ずるときは、文帝と景帝を第一に挙げる。しかし鼂錯を斬った事から見れば、景帝は明らかだというには足りない。
また国の政は、臣下が独りで決断して行えるものではない。その利害を並べて君に決断を仰ぐのが臣下の務めであり、下の者の謀りごとと議論を受け、可否を量ってから行うのが君の明らかさである。鼂錯はすでに漢の臣となって、諸侯が強大で抑えがたいことを憂え、過ちを口実に土地を削って都を尊くしようとした。これは国に忠であったといえる。ついにこれを上に申し上げると、上も独りで裁くことができず、公卿・列侯・宗室とともに広く議してから行った。であれば、咎は鼂錯だけにあるのではない。
かりに七つの国がまことに鼂錯のために兵を起こしたとしても、すでにその計を用いてこの事態に至ったのだから、これもまた朝廷の恥である。ゆっくりその変化を見てから斬っても遅くはなかった。鼂錯が諸侯の土地を削ったのも、その反逆を考えずに図ったのではない。抑え治める任を委ねてみて、どうにもならなくなってから斬っても良かったのである。
まして呉王は山に行って銭を鋳、海水を煮て塩を作り、数十年のあいだ反乱を企ててから、六つの国とともに事を起こした。であれば、名は鼂錯を斬ることであっても、その本意は鼂錯にはなかった。もしその勢いが都に対抗できるほどであれば、急いで鼂錯を斬って謝ったとしても、ただ中国の軽さをみずから示すだけで、ついに兵を解かないのは明らかである。もしわずか七つの国で都に対抗できないのであれば、鼂錯を斬らなくても、彼らが私をどうできようか。
彼を斬ったことは、たとえ君の心から決断したものであっても、なお良くないのに、まして彼の仇である者の讒言を聞いて忠臣を殺し、内には袁盎のために仇を討ち、外には諸侯のために仇を討ったのだから、その明らかでないことに、これより大きいものがあろうか。また中尉に命じて偽って車に乗せ市へ行かせたのは、臣下を欺いたものである。天子として鼂錯一人を斬るのに、どうして騙す必要があろうか。これもまた君の政ではない。過ちにこれより甚だしいものがあろうか。
惜しいことだ。国のために遠く計ることに鋭かったのに、かえって斬られたのだから、鼂錯の無念もまた甚だしくはないか。文帝が賈誼を遠ざけたことをこれに比べれば、あれはただ過ちのうちの小さなものにすぎない。まして賈誼は遠ざけられて間もなく再び召され、上の愛する子の師となり、その策はすべて用いられなかったとはいえ、採られて世に施されたものも多いのだから、その志を大きく失ったとはいえない。それでも後の世はなお、大いに用いられなかったことを無念と思う。まして鼂錯のような者はどうか。
私はそのために景帝の明らかでないことをそしり、これによって鼂錯の深い無念を晴らす。ああ、力を尽くして私の身を支えてくれる者がいて、誤ってわずかにその手を離したとして、地に倒れるより先に、よくも怒って払いのけられようか。