柳子厚が『国語』を誤りとしたのを誤りとする論非柳子厚非國語論
柳子厚之非國語。予復以爲非也。左氏親受經於仲尼。凡事之可以因經而附者。皆釋於傳。採其餘以爲國語。旣載之傳。而又見於國語者。亦衆矣。何皆誣淫不槩于聖耶。柳子所以非其所非而非之者。請先以一二篇明之。國語曰。周之三川震。伯陽父曰。周將亡矣云云。柳子非之曰。山川者。特天地陰陽之氣。自動自休。自峙自休。是惡乎與我謀。或吸或吹。如輪如機。其孰能知之云云。苟如是則山川之崩震。果可謂非災耶。孔子書春秋地震五。山陵崩陁二。其餘災異。不可勝紀。孔子其可非之耶。詩曰。百川沸騰。山谷卒崩。詩可非之歟。況伯陽父所言。非特左氏書之國語也。後至司馬遷,班固。亦取而載之史矣。夫史者。標準萬世之書也。若誣淫不經之說。則二子何取而書之耶。國語曰。趙宣子驟諫公。公使鋤麑賊之。鋤麑自殺云云。柳子非之曰。宣子之諫君。爲社稷之衛久矣。麑胡不聞之。乃以假寐爲賢耶。不知其大而賢其小耶。是宣子大德不見赦。而以小敬免也。左氏多於文辭。以著其言云云。此亦非所非而非之者也。大抵人之於人。雖素所賢之者。當其時有見其失而非之者。素所未賢者。或於後。有見可敬而禮之者。麑雖素聞宣子之賢。以君命也。不得不往焉。則殺之其任也。脫若復見其失。則殺之心愈堅矣。及見其盛服假寐。而後益賢之而不忍害焉。乃反自殺。是固義也。故左氏旣書于傳。而又載之國語矣。柳子何於傳不非。而獨於此非之耶。凡非其所非而非之者。多此類也。
柳子厚が『国語』を誤りとしたのを、私はさらに誤りだと思う。左氏はみずから仲尼に経を学んだ。およそ事のなかで経に沿って付けられるものはみな伝に解き、その残りを採って『国語』を作った。すでに伝に載せたうえで、また『国語』に見えるものも多い。どうしてすべてが偽りと行き過ぎで、聖人に比べられないといえようか。柳子が誤りとすべきでないものを誤りとしたことを、まず一つ二つの篇で明らかにしよう。
『国語』に「周の三つの川が震えた。伯陽父が言うには「周はやがて滅びるだろう」と」とある。柳子はこれを誤りとして言った。「山や川はただ天地の陰陽の気であり、おのずから動きおのずから止まり、おのずからそびえおのずから止まるものだ。これがどうして我々と相談しようか。あるいは吸いあるいは吹き、輪のように機のようであるから、誰がそれを知りえようか。」
もしそうであれば、山や川が崩れ震えることは、はたして災いでないといえようか。孔子は『春秋』に地震を五度書き、山や丘が崩れ傾いたことを二度書いた。そのほかの災いや異変は書き尽くせない。孔子を誤りとできようか。『詩』に「もろもろの川が沸き立ち、山と谷がついに崩れる」とある。『詩』を誤りとできようか。まして伯陽父の言ったことは、左氏が『国語』に書いただけではない。後に司馬遷や班固に至っても、やはり採って史に載せた。およそ史は万代の基準となる書である。もし偽りと行き過ぎで法に合わない言葉であれば、二人がどうして採って書いたであろうか。
『国語』に「趙宣子がしばしば君に諫めたので、君は鋤麑に彼を殺させた。鋤麑はみずから死んだ」とある。柳子はこれを誤りとして言った。「宣子が君に諫めたのは、社稷を守るためで、長いあいだのことである。鋤麑がどうしてそれを聞かなかったであろうか。それなのに、衣を着たまま居眠りしていることを賢しとしたのか。その大きなものを知らずに、その小さなものを賢しとしたのか。これは宣子の大きな徳は許されず、小さな敬いで免れたということになる。左氏は文辞が多く、それでその言葉を飾ったのである。」
これもまた、誤りとすべきでないものを誤りとしたものである。おおよそ人は人に対して、ふだん賢しとしていた者でも、そのときその過ちを見れば誤りとする者があり、ふだん賢しとしなかった者でも、後に敬うに足ることを見て礼をもって扱う者がある。鋤麑はふだん宣子の賢さを聞いていたとしても、君の命であるから行かざるをえず、彼を殺すのが自分の務めであった。もしさらにその過ちを見たなら、殺そうという心はいよいよ固まったであろう。ところが衣を整えて居眠りしているのを見た後に、いよいよ賢しとして、あえて害することができず、かえってみずから死んだ。これはまことに義である。だから左氏はすでに伝に書き、また『国語』にも載せたのである。柳子はどうして伝では誤りとせず、ここでだけ誤りとするのか。およそ誤りとすべきでないものを誤りとしたものは、たいていこの類である。