崔承制の十字閣記崔承制十字閣記
承制尙書崔公立閣于甲第之西。奇哉異乎。實人間所未嘗見也。大抵作屋之制。不過橫其梁縱其棟。楶而梲之。椽而桷之。如是而已耳。今此閣也。楞四角如十字。而其中則方如井焉。類世所謂帳廬者。故以十字名之。方井之內。悉以明鏡塡之。光明照耀。洞徹表裏。凡人物之洪纖巨細。一變一態。皆瀉于其中。仰之可駭也。有若飛甍曲枅。層櫨疊梠。皆夭矯橫出。杈枒斜據。或若螭騰。或類鳳翥。殊形詭制。每各異觀。雖隷首算之。茫乎惘乎。棄其籌而莫數也。其髤彤漆綠雕綵之飾。則赫赩璀璨。霞駮雲蔚。或如明月之流光。或若繁星之布彩。雖離婁見之。眩眩晃晃。奪其睛而莫敢仰視也。未知木經尙有如此制度否。且古亦有豪門巨閥富貴之熏天者。非長材異木之獨產於今而不產於古也。良工巧匠之若正爾般倕者。亦無代無之。何曠古未曾聞臺榭觀游之若此其奇。而乃今日始見之耶。此豈公之眼匠心籌。敻出於古人之所未到歟。雖世之公侯卿相欲效而營之也。略不得髣髴矣。假如能營。其保之也愈難矣。何則。功未積於王室。澤未冾於生民。一旦遽有觀游之泰過其分。則適爲身之累耳。安得而保之哉。今崔公生積善之門。擁傾朝之望。定策安邦之烈。炳炳與日月爭明。陰施顯德之浹人之肌膚也滋深。則天地神明亦相之矣。庸有累於身。而又焉往而不保哉。一昨。公召予謂日。子覩夫玆閣而未識玆閣之樂也。若夫和風澹蕩。桃杏齊坼。吾與珥蟬腰龜者揖讓。坐於龍鬚之席。員案綺錯。金鍾羽飛。東吳絶艶。南國佳人。撫絃而淸泉激。唱歌而行雲遏。香風蘭澤。噴散數十里。而與花柳爭芳。此予之有得於春也。南火之月。盛暑方蒸。北戶洞開。淸風颯來。深閣自陰。日光不窺。環以寒氷。交以大箑。申之以靑松翠柏。供美蔭送淸籟。凄涼如八九月天。不知人間有流金爍石之炎也。此予之有得於夏也。若秋冬之候。則有溫閨燠館在焉。閣之餉予樂如此。而予無以報於閣者。但欲以華文麗詞署諸上。用爲閣之榮。子可當乎。予讓不獲已。乃言於公曰。此誠公之樂也。然擧其外而言之耳。其所自得於內者。浩浩乎若江海之無涯。蕩蕩乎如天地之莫極。日月所不老。神鬼所不覷。非若僕輩之所能測度而形乎筆翰者也。然公之命嚴矣。予亦敢不擧其粗而敍之。以應公所得於外者耶。其所自得於內者。必待能文之士發其粹而形容之備者。予何足以當之哉。直翰林院李某記。
承制尚書の崔公が邸の西に閣を立てた。奇しいことだ、変わったことだ。まことに人の世でまだ見たことのないものである。
おおよそ家を建てる造りは、その梁を横に置きその棟を縦に置き、斗を置き束柱を立て、垂木を掛け飛檐を付けるにすぎない。このようなだけである。ところがこの閣は、四つの角が十の字のように角張り、その中は井の字のように四角いから、世にいわゆる幕屋というものに似ている。だから「十字」と名づけたのである。
四角い井の内をすべて明るい鏡で埋めたので、光が明るく照り輝いて、表と裏を透き通して貫く。およそ人や物の大きく細く、巨きく小さいものが、一度変わり一度姿を作るたびに、みなその中に注ぎ込まれるから、見上げれば驚くばかりである。飛ぶような棟、曲がった斗、重なる柱頭、重なる軒が、みなうねって横に出、枝分かれして斜めに構えている。あるいは蛟が昇るようであり、あるいは鳳が飛び立つようで、変わった形と奇しい造りが、見るたびにそれぞれ違う。たとえ隷首が数えても、ぼんやりとして、その算木を捨てて数えられないだろう。
赤く塗り、緑に漆を塗り、彩りを彫った飾りは、輝き煌めいて、霞が斑に、雲が盛んであるようである。あるいは明るい月が光を流すようであり、あるいは星が模様を広げたようで、たとえ離婁が見ても、くらくらと、ぎらぎらと、その瞳を奪われて、あえて見上げられないだろう。大工の経典にも、こんな造りがあるのか分からない。
また昔にも、勢いある門閥で富貴が天を焦がす者がいた。長い材木や変わった木が、ひとり今だけ生えて昔は生えなかったのではなく、すぐれた工人や巧みな大工で王爾や般倕のような者も、またどの時代にもいなかったわけではない。それなのに、どうして遠い昔に、台や榭や眺め遊ぶ建物でこれほど奇しいものを聞いたことがなく、いまはじめて見るのか。これがどうして、公の目で測り心で算じたものが、はるかに昔の人が至らなかった所から出たのでないことがあろうか。
たとえ世の公侯や卿相が倣って造ろうとしても、少しも似せられないだろう。かりに造れたとしても、それを保つのはいっそう難しいだろう。なぜか。功が王室に積まれず、恵みが民に及ばないのに、一朝にしてにわかに、眺め遊ぶものがその分を過ぎてあれば、ただ身のわずらいになるだけであるから、どうして保てようか。
いま崔公は善を積んだ家に生まれ、朝廷をかたむける望みを担っている。策を定めて国を安らかにした功が明るく輝いて日と月と明るさを争い、ひそかに施し表に徳を行ったことが人の肌に染み入ることがいよいよ深いから、天と地と神明もまた彼を助ける。どうして身にわずらいがあろうか、またどこへ行っても保てないことがあろうか。
このあいだ、公が私を呼んで言った。「君はこの閣を見たが、この閣の楽しみは知らない。あの和やかな風がそよぎ、桃や杏がいっせいに開くと、私は蝉の冠をかぶり亀の紐を帯びた人々と会釈し譲り合って、龍鬚の席に座る。丸い膳が錦のように入り混じり、金の杯が羽のように飛ぶ。東呉のすぐれた美人と南国の佳人が弦をなでれば清い泉が湧き上がり、歌を唱えれば行く雲が止まる。香る風と蘭の油が数十里に吹き散らされて、花や柳と香りを争う。これが私が春に得るものである。
南の火の月に、暑さがまさに蒸すときは、北の戸を開け放って清い風が涼やかに来て、深い閣はおのずから陰になって日の光が覗けない。冷たい氷をめぐらし、大きな団扇を交え、そこに青い松や柏を加えて、美しい陰を与え清い音を送る。涼しいことは八、九月の空のようで、人の世に金を溶かし石を焼く暑さがあるのを知らない。これが私が夏に得るものである。秋と冬の季節には、温かい部屋と暖かい館がある。
閣が私を養ってくれる楽しみがこのようなのに、私は閣に返すものがない。ただ、麗しい文と美しい言葉でその上に書いて、閣の栄えにしたいのだが、君に引き受けられるか。」
私は辞退しきれず、そこで公に言った。「これはまことに公の楽しみです。しかし、その外を挙げて言ったものにすぎません。その内でみずから得たものは、広々として川や海に果てがないようであり、ゆるやかに天と地に限りがないようです。日や月も老いさせられず、鬼神も覗けないのですから、私のような者が推し量って筆の先に表せるものではありません。しかし公の命が厳しいのですから、私もまた、あえてその粗いところを挙げて述べ、公が外で得たものに応えないわけにはいきません。その内でみずから得たものは、必ず文の上手な士がその精髄を現して形容を備えるのを待たねばなりませんから、私がどうして引き受けるに足りましょうか。」
直翰林院の李某が記す。
夾注 1
晉康侯元嗣
晋康侯の長男である。