相国の崔詵に差し上げる文上崔相國詵書
十二月日。門生某官謹再拜奉書執政相國太學士閣下。僕一昨展謁台階。伏蒙賜坐。慰勉備至。垂問比來所著幾何。幷及玉堂承乏之言。驚聳震懼。拜謝而退。僕誠無似者也。文不足備國華。才不能壓人望。而閣下過聽。至以文翰之任期之。踰分之榮。非所敢當。祗以爲愧。莫知其由。反覆尋譯。始得其所以然者。閣下之言。固出於理。然而是亦猶晚也。何者。曩日。閣下不以僕爲不肖。躬造闕下。拜箚子薦進。請例補外寄。然後以備將來文翰之寄。其意不爲不切。但時不幸而未果耳。其後僕已得經外試。則閣下適當國執柄矣。僕竊自以爲平日尙爾。豈手執其柄。而有不能用哉。然僕之零丁蹇散。其亦有年。而猶未蒙其賜意者。醜面濃粧。初若可愛。粉落質見。無所逃於明鏡之鑑耶。審如是則已。不爾。權可施也。恩可及也。方玆時反未若向之拜箚子之日。故僕不揆才分。謂閣下之言猶晚也。以今之勢觀之。殆將終不用於世。計莫如歸田力耕。謀活其妻子。然又不爾者。顧自負於閣下。猶有須耳。譬如人有哀人之窮者。力不能自賑。惇惇告於富者之家。欲丏其毫釐。以濟其急。富者吝而終不肯與。及其人之富與彼富者侔。則窮者自以爲向無賙救之資。猶欲丏諸人。豈其自富而有不及於我耶。金玉錢貨。必分其半而與之矣。窮者之忖度如此。假使其人偶忘而不與。則當其時勃然作色而便去耶。小留而有待耶。未審閣下何以處之耶。在僕似宜小忍須臾。卜其可否。及便忘然後謝去亦未晚也。雖然。此亦僕之汲汲有及時之志。而計之大早耳。度閣下之心。何至使僕爲終窮者耶。何以度其然也。蓋僕嘗和閣下謝奇平章所餉熨石之什獻焉。閣下方飯。卽放匙輟饌。賞詠不已。致令中饋叱僕御之進予詩者。此非人所側傳。而季嗣郞子親與我導之者也。以此取必。而度閣下之不終忘也。所恨者。犬馬之齒。迫將過半耳。且士之所以筮仕者。非苟欲自營一己之榮宦而已。蓋將以所學於心者。施於有政。振經濟之策。宣力王室。垂名於百世。期爲不朽者也。然計官爵之等級。約則九級。其詳不可言。所謂權務者。又不在此例。就九級中。亦有權假試眞。一船品內。有從與正。其若州牧守倅縣令鎭將凡外郡之職。不預京官班秩。然外職要皆滿三年。然後見代。則其與京官遷轉。愈疏闊矣。且人生百歲。七十者稀。男兒當三十。始登一級。猶謂之晚。況僕行年已三十有七矣。緣早衰多病。其在三十四時。已見二毛。鑷之復生。自爾相續不絶。白與黑今已相等矣。譬若木之將枯。葉必先變者。僕之享齒。能復有幾耶。以垂盡之年。尙未補九級外一權務之任。而顧官級之崎嶇旣如彼。僕之輔國之日之短促又如此。若四卜已後。方得一官。則纔涉七六品。髮已盡皓。便了一生矣。況物之自外來者。決不可必。其所謂七六品。又不可必期。況敢到重官鉅職。振經濟之策耶。夫然則輔國之心何所遂。讀書之勞安所償。百世之名安所垂歟。是僕之所以中夜三起。仰天大息者也。今閣下以水鏡之明。當銓衡之任。則士之賢不肖。皆呈于誠懸曲照之內。無敢以纖毫欺蔽者。況奎報之進謁於閣下者非一日。則僕之言行之枉正。皆已詳之矣。凡以文投贄者至再三。則僕之文章之巧拙。皆已辨之矣。其若完山所理之迹。亦皆所聞也。若謂之未滿期限則已。然其所以見罷。爲同寮者所誣。則其邪正曲直廉貪之理。已判然矣。不待僕之自列。想閣下久已悉之矣。然則寧復有所疑而依違不果耶。伏聞翰職有闕員。若暫假其任。用試僕之所學於心者。有不稱副。似玷閣下用人之鑑。則擯之斥之亦可。予無所憾于心矣。夫不試而責其能。不若試之而後已也。僕亦不言而有悔。不若盡言而後有悔。是僕所以譊譊有是言。而亦望閣下先試其可否者也。嗚呼。僕之榮枯生死進退舒卷。盡在閣下之手。俟命而已。毋或如富者之便忘。使僕終至於窮阨也。戰灼惶悚。不宣。某再拜。
十二月某日、門生の某の官の某は、謹んで二度拝み、執政相国太学士閣下に文を差し上げます。
私はこのあいだ庭に伺ってお目にかかりましたが、座ることを賜り、慰め励ましてくださることが行き届いていました。近ごろ作ったものがどれほどかとお尋ねになり、あわせて玉堂の空席を継がせようというお言葉にまで及ばれたので、驚き震え畏れて、拝み礼を言って退きました。
私はまことに至らぬ者です。文は国の輝きを備えるに足らず、才は人々の望みを圧せないのに、閣下は聞きすぎられて、文を作る官で期してくださるまでになりました。分を越えた栄えはあえて当たるところではなく、ただ恥じて、そのわけが分かりませんでした。繰り返し探って解いてみて、ようやくそうなられたわけを得ました。閣下のお言葉は、もとより理から出たものです。それでも、これもまたなお遅いのです。
なぜか。先日、閣下は私を至らぬと思われずに、みずから宮殿に伺って箚子を差し上げて薦められ、例によって外の官に付けてから、後の日に文を作る官を備えさせてほしいと願われました。その意が切でなかったのではなく、ただ時が幸いでなくて成らなかっただけです。その後、私がすでに外の試みを経たときには、閣下はちょうど国を預かって柄を握っておられました。私は心のうちで思いました。常のときでもそうであったのに、どうして手にその柄を握りながら用いられないことがあろうか。
ところが私が孤独で鈍く散らばって過ごしたことがまた幾年なのに、まだ与えようとされるお心を受けられません。醜い顔に濃く粉を塗って、初めは愛らしいようであったが、粉が落ちて地が現れたので、明るい鏡の照らしから逃れる所がなかったのでしょうか。まことにそうであればそれで終わりです。そうでなければ、権を伸ばせ、恵みを及ぼせます。ところがこの時になってかえって、先日箚子を差し上げられた日に及ばないのですから、それで私が才と分を量らずに、閣下のお言葉がなお遅いと言うのです。
いまの勢いから見れば、おそらくついに世に用いられないでしょうから、田に帰って努めて耕し、妻と子を生かすことを図るに越した計はありません。それでもまたそうしないのは、振り返って閣下に自負するところがあって、まだ待つものがあるからです。
たとえればこうです。人の窮しているのを哀れむ人があって、自分の力では助けられないので、富んだ家に篤く知らせて、毛の先ほどでも乞ってその急を救おうとしました。ところが富んだ人が吝しくて、ついに与えようとしませんでした。その人が富んであの富んだ人と並ぶようになると、窮した人がみずから思いました。「このあいだは救う元手がなくても、それでも人に乞おうとしたのだから、どうして自分が富んで私に及ばないことがあろうか。金と玉と銭と財を、必ずその半分を分けてくれるだろう。」窮した人の見積もりがこのようなのに、もしその人がうっかり忘れて与えないなら、そのときかっと顔色を変えてすぐ去るべきですか、少し留まって待つべきですか。閣下はどう身を処されますか。私としては、まさにしばらく少し堪えて、そのできるかできないかを占ってみて、まったく忘れられてから暇を告げて去っても遅くないようです。
それでも、これもまた私が急いで時に間に合わせようとする気があって、早すぎる見積もりをしただけです。閣下のお心を量ってみれば、どうして私をついに窮した者にさせるまでになりましょうか。どうしてそうだと量るのか。私はかつて、閣下が奇平章が送ってくれた砧石に礼を言われた詩に和して差し上げました。閣下はちょうど食事をされていて、すぐ匙を置き菜を下げられ、褒めて吟ずることをやめられず、奥方が私の詩を持ち込んだ下男を叱るまでになりました。これは人が傍から伝えたのではなく、末のご子息がみずから私に引いて話してくれたことです。それで必ずそうであることを取って、閣下がついに忘れられないであろうと量ります。心残りなのは、犬や馬のような私の年が、いつのまにか半ばを越えようとしていることだけです。
また、士がはじめて仕える道に出るのは、ひとえに自分一身の栄えある官を図ろうとするだけではありません。心に学んだものを政に広げて世を治める謀りごとを振るい、王室に力を捧げて百代に名を残し、朽ちないことを期そうとするのです。ところが官の等級を数えれば、縮めても九等あり、その細かなところは言えません。いわゆる権務というものは、またこの例に入りません。九等のなかにも権と仮と試と真があり、一つの品のうちにも従と正があります。州牧と守令とその補佐、県令と鎮将のような外の郡の官は、都の官の列に入りません。そのうえ外の官はみな三年を満たしてから替わるので、都の官の移っていくのとはいよいよ遠く隔たります。
また、人が百歳生きるといっても、七十もまれです。男が三十ではじめて一等に上がるのもなお遅いというのに、まして私は年がもう三十七です。早く衰えて病が多く、三十四でもう白い髪が混じりました。抜いてもまた生えて、そのときから続いて絶えず、白いものと黒いものがもうほぼ並びます。木が枯れようとすれば葉が必ず先に変わるのと同じですから、私が享ける年がまたどれほどありましょうか。
ほとんど尽きた年で、まだ九等の外の権務の官一つにも付けませんでした。振り返れば官の等級の険しさがもうあのようであり、私が国を助ける日の短く急なことがまたこのようです。もし人事を四度経てから官一つを得るなら、ようやく七品・六品に掛かるころに頭がもう白くなりきって、すぐ一生を終えてしまうでしょう。まして外から来るものは決して必ずそうだとはいえませんから、いわゆる七品・六品もまた期せません。まして、あえて重い官、大きな席に至って世を治める謀りごとを振るえましょうか。とすれば、国を助けようとする心をどこで成し、書を読んだ苦労をどこで報い、百代の名をどこに残しましょうか。これが私が夜中に三度起きて天を見て大きく嘆息するわけです。
いま閣下が水と鏡のような明らかさで人を選ぶ官を預かられたのですから、士が賢いか至らぬかがみな、違わぬ秤とあまねく照らす光のうちに現れて、細い毛の先ほどもあえて欺き隠せません。まして、この奎報が閣下に伺ってお目にかかったのは一日ではありませんから、私の言葉と行いが曲がっているかまっすぐかを、みなもう詳しくご存じでしょう。文を贈り物として差し上げたのが二度三度に至るのですから、私の文の良し悪しを、みなもう見分けられたでしょう。完山で治めた足跡も、みなお聞きになったところです。期限を満たせなかったと言われるならそれで終わりです。しかし私が罷免されたわけは、同じ仕事をしていた者に陥れられたことですから、その誤りと正しさ、曲がりとまっすぐさ、清廉と貪りの理がもうはっきりしています。私がみずから並べて言うのを待たずとも、閣下はずっと前にもうすべてご存じでしょう。とすれば、どうしてまた疑ってためらい、断を下されないことがありましょうか。
聞けば、文を作る官に空席があるといいます。もしその官をしばらく貸してくださって、私が心に学んだものを試してくださり、釣り合わずに閣下が人を見る目を曇らせるようであれば、退けて追い出されてもよいのです。私は心に恨むことがありません。試さずにその才能をただすのは、試してからやめるのに及びません。私もまた、言わずに悔やむのは、すべて言ってから悔やむのに及びません。これが私がうるさくこの言葉を言い、閣下がまずそのできるかできないかを試してくださることを願うわけです。
ああ、私の咲くと枯れる、生きると死ぬ、進むと退く、伸びると収まるが、みな閣下の手にあるのですから、言いつけを待つばかりです。どうか、あの富んだ人がまったく忘れたようにされて、私をついに窮して塞がった所に至らせないでください。震え、焼けるように畏れます。これでやめます。某は二度拝みます。