李允甫に答える文答李允甫手書
某啓。辱書敎。并示古賦一首古詩十首。噫。風雅楚詞不作久矣。不意復見於今矣。非惟格韻警絶。其所諷興。足以激時俗反之正者已。僕短於文。不爲時所推許。雖後生莫有袖其文而來贄者。足下於僕。頗有一日之長。可謂先輩也。過自貶損。垂示所著。以至求相磨琢。是何卑遜下人若是之多耶。足下之辭。較古人罕比。僕得見爲榮。更敢磨琢之是冀耶。來敎。又推褒大過。兼及玉堂高步之語。此亦非僕所敢當也。僕曩在全州幕府。緣愚暗不更事變。徒以己之無益之淸。凌侮長官爭公事忤意。每掁觸虎尾。反爲讒搆所中。自入洛來。率杜門不出。謝絶交遊。圖全身尙不暇。又敢望仕宦高選之地耶。夫官署。非以自高。以人而高耳。凡稱翰林曰玉堂。或號紅綃署者。蓋以才賢之所翔集。侈其名以寵之也。若以僕充此選。則夫所謂玉堂者。得不愧其名耶。如僕假得一馬曹。亦足矣。何必玉堂哉。詩曰。豈其食魚。必河之魴。蓋此意也。請勿以非分之語及之。惶恐。不宣頓首。
某が申し上げます。お手紙を送ってくださり、あわせて古賦一編と古詩十編を見せてくださいました。
ああ、「風」と「雅」と「楚辞」のような文が作られなくなって久しいのに、思いがけず今日ふたたび見ることになりました。格調と韻が抜きん出ているだけでなく、その風刺して起こす意が、十分に世の習いを揺り動かして正しい所へ戻すに足ります。
私は文に短くて、世に認められません。後輩のなかにも、私に文を袖に入れて来て見せ、教えを願う人はありません。足下は私よりかなり年が上ですから、先輩といえます。それなのに下げすぎてみずから、作られた文を見せてくださり、互いに磨き整えることを求めるまでになりました。どうしてこれほど、みずからを低くして人の下に立たれることが多いのですか。
足下の文は、昔の人に比べても並ぶ人がまれです。私は見ることになっただけでも栄えなのに、またあえて磨き整えてさしあげることを望みましょうか。
送られたお手紙でまた褒めすぎてくださり、あわせて玉堂に高く上るであろうというお言葉までされました。これもまた、私があえて引き受けるところではありません。
私は先日、全州の幕府にいたとき、愚かで暗く事の変わりを経ていないまま、ただ自分の何の利もない清らかさだけを頼んで長官を侮り、公事を争って意に逆らいました。常に虎の尾を触れたことになって、かえって謗り陥れる言葉に当たりました。都に入ってからは、おおむね門を閉じて出ず、交わりを絶ちました。身を全くすることを図るのにもいとまがないのに、また、あえて官の高く抜かれる席を望みましょうか。
およそ役所とは、みずから高いのではなく、人によって高くなるだけです。翰林を玉堂と呼び、ときに紅綃署というのは、おおむね才あり賢い人たちが飛び集まる所だから、その名を大きくして讃えるのです。もし私でこの席を埋めるなら、いわゆる玉堂というものが、その名に恥じないでしょうか。
私のような人は、馬を預かる席一つを得ても十分です。どうして必ず玉堂でしょうか。「詩経」に「どうして魚を食べるのに、必ず黄河の魴でなければならないか」とあるのは、おおむねこの意です。分を越えたお言葉はされないようお願いします。畏れます。これで縮め、頭を下げます。