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崔俊謙が千牛衛摂大将軍を辞退したが許さない批答崔俊謙讓千牛衛攝大將軍不允批答

東国李相国集(東国の李相国の文集) 東國李相國集 · 李奎報(イ・ギュボ) · 1241年(高麗・高宗28年)編 · 1251年に改め補う · 段落 1 · 漢字 197字 · 朗読 1.8分

東国李相国集(東国の李相国の文集) 前集 巻33 高麗の李奎報が生涯に作った文章を、子の李涵が1241年に編んで刻み、孫の李益培が1251年に改め補った文集。詩と賦、王に奉った表と箋、寺と塔に付けた記、碑銘と墓誌銘、手紙と序文、そしてモンゴルが攻め入った時に行き交った国書までが収められている。高句麗の始祖を歌った「東明王篇」が前集の巻3にあり、酒と琴と詩を友として自ら白雲居士と名のった人の一日一日が後集に残っている。書は、彼が目を病んで筆を置く最後の詩と、彼が死んだ後に他の人が作って付けた誄書・墓誌銘で閉じる。

云云。虎之猛。憑爪牙之利。宅之固。因垣籬之防。王者之有國亦爾。能得果毅之士。寄大將之任。以捍禦非常。則何爪牙垣籬之足導哉。汝體貌魁梧。風神勁邁。早作千夫之長。望重山西。備經百戰之場。功高塞北。遇人也實恂恂長者。臨難也眞烈烈丈夫。入率巖郞。久陪禁仗。朕寢賴而安寧。行宮晏然淸溢。是惟努力宿衛之效。時乃操心謹愿之由。且積其勞而久於職。則士無以激情。知其功而嗇於賞。則人誰不解。體。宜加優等。用答膚公。肆宣出綍之恩。爰講登壇之典。朕尙慊然若不足也。汝何疑而欲勿受耶。云云。

云云。

虎の猛々しさは爪と牙の鋭さに拠り、家の堅固さは垣と籬の防ぎに由るのだから、王者が国を保つのもまた同じである。果敢で毅然とした士を得て大将の任を委ね、非常の事を防がせることができれば、どうして爪牙や垣籬を言うまでもあろうか。

汝は体つきが大きく逞しく、風采と精神が強く抜きん出ている。早くに千人の長となって望みは山西に重く、百度の戦場をあまねく経て功は塞北に高かった。人に接するときはまことに恭しい長者であり、難に臨むときはまことに烈しい丈夫である。

入っては宮門を守る兵を率い、長く宮中の儀仗に仕えた。朕は寝所に寄って安らかであり、行宮は静かで清らかであった。これはひとえに力を尽くして宿衛した効であり、心の持ちかたが慎み深く素直であったことに由る。

また、その労を積ませたまま長く同じ職に置けば、士は心を奮い立たせる術がなく、その功を知りながら賞に吝ければ、誰が心を解かずにいよう。当然、厚い等級を加えて大きな功に報いるべきである。

そこで命を下す恩をひろげ、壇に上げる典を行う。朕はなお足らぬように思っているのに、汝はどうして疑って受けまいとするのか。

云云。

夾注 2

一作嚴郞。

ある本には「厳郎」となっている。

失一句。

一句が欠けている。