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東宮の妃主に諡を奉る冊文東宮妃主諡冊文

東国李相国集(東国の李相国の文集) 東國李相國集 · 李奎報(イ・ギュボ) · 1241年(高麗・高宗28年)編 · 1251年に改め補う · 段落 1 · 漢字 242字 · 朗読 2.4分

東国李相国集(東国の李相国の文集) 前集 巻36 高麗の李奎報が生涯に作った文章を、子の李涵が1241年に編んで刻み、孫の李益培が1251年に改め補った文集。詩と賦、王に奉った表と箋、寺と塔に付けた記、碑銘と墓誌銘、手紙と序文、そしてモンゴルが攻め入った時に行き交った国書までが収められている。高句麗の始祖を歌った「東明王篇」が前集の巻3にあり、酒と琴と詩を友として自ら白雲居士と名のった人の一日一日が後集に残っている。書は、彼が目を病んで筆を置く最後の詩と、彼が死んだ後に他の人が作って付けた誄書・墓誌銘で閉じる。

維大歲丁酉十月朔己卯初七日乙酉。王若曰。天不畀年。愴矣英靈之奄逝。諡能成德。欲其芳跡之丕揚。咨爾敬穆賢妃金氏。千年故國之王孫。三葉功臣之侯閥。夙將婉孌。升配元良。謂成內助之功。增耀重暉之德。何遽嬰於危頓。曾不假於須臾。脫可挽牽。奈此迫忽。始來兮猶月未滿。倏往兮如花易凋。不圖至斯。何嗟及矣。噫閱世猶無幾歲。況入宮纔及數年。旣得生男之祥。尋臻誕女之慶。凡事大早。惟朕自疑。果於乃齡而有斯故。嗚呼。禮莫爲重。宜豐送往之儀。行所由生。將擧易名之典。今遣大尉具官某,大常卿具官某等。備禮冊命。贈諡曰某。汗靑筠而灑翰。代彤管之流輝。二字之稱。萬世之美。貞魂如在。懿冊是膺。嗚呼哀哉。

丁酉の年十月の朔である己卯から七日目の乙酉に、王はこう仰せられた。

天が年を与えず、すぐれた御霊がたちまち逝かれたのが悲しい。諡は徳を成すことができるので、その芳しい跡が大きく揚がることを願う。

ああ、そなた敬穆賢妃の金氏よ。千年の古い国の王孫であり、三代にわたる功臣の家柄である。早くから麗しく愛らしい身で東宮の配として上り、内助の功を成し、重ねて輝く徳をいっそう明らかにするであろうと思っていた。それがどうしてにわかに危うい病にかかり、しばしの猶予も得られなかったのか。引き留められたならよかったものを、この切迫と忽然とをどうしようか。

初めて来られたときは、まだ月も満ちぬうちであった たちまち去られたのは、花が散りやすいようである

ここまで至ろうとは思いもよらなかったので、嘆いても何に及ぼうか。ああ、世を過ごしたのもなお幾年にもならず、まして宮に入ってはわずか数年に及んだだけである。すでに男子を生む祥を得て、ついで女子を生む慶びに至った。何事も早すぎたので、私は自ら訝しんでいたが、果たしてその年でこのような事があった。

ああ、礼より重いものはないのだから、送る儀をゆたかにしよう。行いは生きてきたところから出るのだから、やがて諡を贈る典を挙げよう。いま太尉某官某、太常卿某官某らを遣わし、礼を備えて冊命し、某という諡を贈る。青竹を火にあぶって筆を走らせ、彤の管の流れる輝きに代える。二字の称えは万世の美しさである。貞らかな魂がそこに在るように、この麗しい冊を受けよ。ああ、哀しい哉。