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李平章光挺に捧げる祭文祭李平章光挺文

東国李相国集(東国の李相国の文集) 東國李相國集 · 李奎報(イ・ギュボ) · 1241年(高麗・高宗28年)編 · 1251年に改め補う · 段落 1 · 漢字 226字 · 朗読 2.4分

東国李相国集(東国の李相国の文集) 前集 巻37 高麗の李奎報が生涯に作った文章を、子の李涵が1241年に編んで刻み、孫の李益培が1251年に改め補った文集。詩と賦、王に奉った表と箋、寺と塔に付けた記、碑銘と墓誌銘、手紙と序文、そしてモンゴルが攻め入った時に行き交った国書までが収められている。高句麗の始祖を歌った「東明王篇」が前集の巻3にあり、酒と琴と詩を友として自ら白雲居士と名のった人の一日一日が後集に残っている。書は、彼が目を病んで筆を置く最後の詩と、彼が死んだ後に他の人が作って付けた誄書・墓誌銘で閉じる。

維年月日。具銜謹以肴饌淸酌之奠。敬祭于門下侍郞平章事李公之靈。大抵人之賦分。不可多得。冒榮則拘。其樂未極。好樂則放。取榮也薄。譬之於虎。不傳以翼。獨我夫子。摠而有之。出而爲將。豹纛紅旗。入而爲相。玉鉉黃扉。將相之榮。惟公兼資。列屋蛾眉。窈窕嬋姸。日擁珠翠。吸簧按絃。雖至懸車。旅力不愆。聲色之嗜。不減壯年。公謂子姓。浮生倏然。毋固溷汝。汝速擊鮮。野服以遊。往來翩躚。男兒之樂。唯公極焉。予昔遭難。艱阨辛苦。兔竄鼠伏。狼狽失據。繄公是賴。以至今日。每一念至。忽焉悽慄。嗚呼哀哉。有公如父。有姊如母。公今云亡。如喪我考。何以辭訣。一觴薄酒。公其醉止。慰我心疚。

某年某月某日、某官の某は、謹んで肴と清らかな酒を供え物として調え、門下侍郎平章事である李公の霊前に、敬んで祭りを捧げます。

そもそも人が授かる分は、多くを得られないものです。栄えを求めれば縛られてその楽しみを極められず、楽しみを好めば放れて栄えを得ることが薄くなります。虎に喩えれば、翼までは与えないのです。

ただ我が夫子だけはこれを兼ね備えておられました。出ては将となって豹の纛と紅の旗を立て、入っては相となって玉の鉉と黄の扉を預かられました。将と相の栄えを、公だけが兼ねられたのです。

屋ごとに麗しい人が並び、たおやかで美しく、日ごとに珠と翠を抱えて笙を吹き絃を奏でられました。車を懸けて退く年になっても体の力は衰えず、声と色を楽しむことは壮年のころに劣りませんでした。

公は子や孫に言われました。「浮かぶ生は忽ちである。あえてお前たちを煩わせはしない。お前たちは早く新しい肉を調えよ。」 野の衣で遊び、行き来することが軽やかで、男児の楽しみは公において極まりました。

私は昔、難に遭って苦しみ苛まれました。兎のように逃げ鼠のように伏し、狼狽して寄る辺を失ったとき、ただ公に頼って今日に至りました。思いがここに及ぶたびに、たちまち哀しく身が震えます。

ああ、哀しいことです。父のような公があり、母のような姉がありました。公が今は逝かれたので、我が父を喪ったようです。何をもって別れを告げましょうか。一杯の薄い酒ですが、公はこれに酔われて、私の痛む心を慰めてください。

夾注 1

代希禪師行

希禅師に代わって作った。