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桂陽で城隍に雨を祈る文桂陽祈雨城隍文

東国李相国集(東国の李相国の文集) 東國李相國集 · 李奎報(イ・ギュボ) · 1241年(高麗・高宗28年)編 · 1251年に改め補う · 段落 1 · 漢字 229字 · 朗読 2.5分

東国李相国集(東国の李相国の文集) 前集 巻37 高麗の李奎報が生涯に作った文章を、子の李涵が1241年に編んで刻み、孫の李益培が1251年に改め補った文集。詩と賦、王に奉った表と箋、寺と塔に付けた記、碑銘と墓誌銘、手紙と序文、そしてモンゴルが攻め入った時に行き交った国書までが収められている。高句麗の始祖を歌った「東明王篇」が前集の巻3にあり、酒と琴と詩を友として自ら白雲居士と名のった人の一日一日が後集に残っている。書は、彼が目を病んで筆を置く最後の詩と、彼が死んだ後に他の人が作って付けた誄書・墓誌銘で閉じる。

云云。予以無能。尹于玆土。本是書生。不閑綏撫。其所弛張。動與民忤。一方旱暵。職予之故。凡有罪責。寧丁我軀。生民何知。遭此旱枯。我行于野。省彼稻苗。十分八九。大扺皆焦。黏塊而仆。如屈針腰。朝夕不雨。卽無今秋。我慙且嘆。有泚如流。拱手以立。甘俟天劉。然主郡者神。牧民者吏。郡之遭旱。雖吏之恥。民若荐飢。神亦乏祀。況吏之居郡。但三年耳。神食兹邑。無有窮已。斯民暴殄。神復何恃。憂民之心。與吏孰至。若雲雨之權。非神所專。以吏之訴。傳訴于天。天豈茫然而不矜憐。惟冀大王。馭氣寥廓。馳訴于大微紫極。促雷鞭與電策。賜三日之澤。潤我黍稷。俾克有穫。則吏之報於神。亦固其職。言不可食。

云々。

私は無能な身でこの土地の長官となりました。もとは書生でしたから、民を撫で安んじることに慣れておりません。緩めたり締めたりすることが、動けば民の意に背きます。一方の地が旱したのは、ひとえに私のせいです。罰すべきことがおありなら、いっそ私の身にお下しください。民が何を知っていて、この旱に遭うのでしょう。

私が野に出てあの稲の苗を見ますと、十のうち八つ九つがほとんど焦げています。土塊にへばりついて倒れたさまは、針の腰が曲がったようです。朝夕に雨が降らなければ、今年の秋はありません。私は恥じ、また嘆いて、流れるほどの汗が出ます。手を拱いて立ち、天の誅を甘んじて待ちます。

けれども郡を主るのは神であり、民を牧するのは吏です。郡が旱に遭ったのは吏の恥ではありますが、民が重ねて飢えれば神もまた祀りを欠きます。まして吏が郡にいるのはわずか三年ですが、神がこの邑で享けられるのは尽きることがありません。この民が尽き果てれば、神は何を恃まれましょう。民を憂える心は、吏と比べてどちらが切実でしょうか。

雲と雨を操る権が神のひとり専らにされるところでないならば、吏の訴えを天に取り次いでお伝えください。天がどうして茫然として憐れまずにいましょう。ただ願わくは、大王が気を馭して広い天に昇られ、太微宮と紫極宮へ馳せて訴えられ、雷の鞭と電の策を促して、三日の恵みを賜りますように。我らの黍と稷を潤し、収穫を得られるようにしてください。そうなれば、吏が神に報いるのもまたその職分ですから、この言葉を飲み込みはしません。