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東京で年の終わりに災いを祓ってくださるよう祈る毬庭醮礼文 — 三度目の杯東京行季年祈禳毬庭醮禮文 三獻

東国李相国集(東国の李相国の文集) 東國李相國集 · 李奎報(イ・ギュボ) · 1241年(高麗・高宗28年)編 · 1251年に改め補う · 段落 1 · 漢字 185字 · 朗読 2.1分

東国李相国集(東国の李相国の文集) 前集 巻40 高麗の李奎報が生涯に作った文章を、子の李涵が1241年に編んで刻み、孫の李益培が1251年に改め補った文集。詩と賦、王に奉った表と箋、寺と塔に付けた記、碑銘と墓誌銘、手紙と序文、そしてモンゴルが攻め入った時に行き交った国書までが収められている。高句麗の始祖を歌った「東明王篇」が前集の巻3にあり、酒と琴と詩を友として自ら白雲居士と名のった人の一日一日が後集に残っている。書は、彼が目を病んで筆を置く最後の詩と、彼が死んだ後に他の人が作って付けた誄書・墓誌銘で閉じる。

氣判上淸下濁。神行乎間。祭致一純二精。應在于邇。伏念臣嗣承祖統。奄莅民區。念長轡遠御之謀。痛加勵飾。無大明旁燭之智。動闇幾微。其在朝昏。尙難宴息。陰陽推代。雖關天數之常。晦朔會交。猶戒禍胎之漸。况採言於邃術。當有毖於季年。庶仗眞庥。獲延景祚。爰取杪商之凄節。伻投陪邑之殊庭。祗展法壇。仰迎仙仗。藉茅席地。猶可降於靈眞。酌水獻花。庶俯垂於臨格。伏望僉紆聦享。旋錫純禧。曆服無彊。必等南山之壽。邦家永泰。一如東戶之時。內無犯紀之人。外絶窺邊之虜。

気が上は清く下は濁って分かれるので、神はその間を行かれ、祭りがひとえに純な誠と二つの精を尽くすので、感応が近くにあります。

伏して思えば、臣は祖先の大きな統を受け継いで、たちまち民の地に臨みました。長い手綱で遠く御する謀りを思って、努めて整えることを痛むほどに加えましたが、大きく明るく広く照らす知恵がなく、動くたびに気配に暗いのです。朝も夕も、なお安らかに休むことが難しいのです。

陰と陽が押し移ることは、天の運数の定めに繋がることではありますが、晦と朔が出会って交わることには、なお災いの芽が広がることを戒めます。まして深い術から言葉を採ってみれば、まさに年の終わりに慎むことがあるといいます。どうか真なるお助けを頼みに、大きな福を延ばせることを願います。

そこで晩秋のもの寂しい季節を選んで、人を遣って別の都の格別な庭に赴きます。謹んで法壇を広げ、仰いで仙の儀仗をお迎えします。茅を敷いて地を席としても、なお霊しく真なる方をお下しいただけますので、水を汲んで花を捧げますから、伏して臨み至ってくださることを願います。

伏してお願いします。みな曲げて明らかに召し上がり、そのまま純な福をお下しください。享ける年が限りなく、必ず南山の寿と等しく、国が永く泰らかで、ひとえに東戸の時のようであり、内には綱を犯す人がなく、外には辺りを窺う虜が絶えるようにしてください。