いにしえの文 › 東国李相国集(東国の李相国の文集) › 後集 巻1

数日後に作る後數日有作

東国李相国集(東国の李相国の文集) 東國李相國集 · 李奎報(イ・ギュボ) · 1241年(高麗・高宗28年)編 · 1251年に改め補う · 段落 1 · 漢字 100字 · 朗読 1.1分

東国李相国集(東国の李相国の文集) 後集 巻1 高麗の李奎報が生涯に作った文章を、子の李涵が1241年に編んで刻み、孫の李益培が1251年に改め補った文集。詩と賦、王に奉った表と箋、寺と塔に付けた記、碑銘と墓誌銘、手紙と序文、そしてモンゴルが攻め入った時に行き交った国書までが収められている。高句麗の始祖を歌った「東明王篇」が前集の巻3にあり、酒と琴と詩を友として自ら白雲居士と名のった人の一日一日が後集に残っている。書は、彼が目を病んで筆を置く最後の詩と、彼が死んだ後に他の人が作って付けた誄書・墓誌銘で閉じる。

昔人有登山。嗔猿耗秋果。處山食山實。於理不甚左。翻思果之成。本非猿力借。嗔之與不嗔。意在可不可。穀則異於是。農夫所自化。揔係力慢勤。不勤無可奈。淸醪與白飯。所以勸其稼。口腹任爾爲。國禁何由下。議雖出朝廷。聖恩宜可赦。反覆思其理。萬倍坐食者。

昔の人が山に登り 猿が秋の木の実を食い減らすと怒ったことがある 山に住んで山の実を食べるのは 理にそれほど背いてはいない 思い返せば、実が熟したのは もともと猿の力を借りたのではない 怒るか怒らないかは その筋が正しいか正しくないかにある

穀物はこれとは違って 農夫が自分で育て上げたものだ すべては力が怠るか勤めるかにかかっており 勤めなければどうしようもない 清い酒と白い飯は その耕作を勧めるためのものだ 口と腹はおまえの思うままに任せるべきなのに 国の禁令はどういうわけで下ったのか 議論がたとえ朝廷から出たとしても 君の恵みによって当然許されるべきである その理を繰り返し考えるに 農夫は座って食う者より万倍まさっている