いにしえの文 › 東国李相国集(東国の李相国の文集) › 後集 巻2

李学士(李學士)の詩に次韻する次韻李學士

東国李相国集(東国の李相国の文集) 東國李相國集 · 李奎報(イ・ギュボ) · 1241年(高麗・高宗28年)編 · 1251年に改め補う · 段落 2 · 漢字 125字 · 朗読 1.2分

東国李相国集(東国の李相国の文集) 後集 巻2 高麗の李奎報が生涯に作った文章を、子の李涵が1241年に編んで刻み、孫の李益培が1251年に改め補った文集。詩と賦、王に奉った表と箋、寺と塔に付けた記、碑銘と墓誌銘、手紙と序文、そしてモンゴルが攻め入った時に行き交った国書までが収められている。高句麗の始祖を歌った「東明王篇」が前集の巻3にあり、酒と琴と詩を友として自ら白雲居士と名のった人の一日一日が後集に残っている。書は、彼が目を病んで筆を置く最後の詩と、彼が死んだ後に他の人が作って付けた誄書・墓誌銘で閉じる。

予未相時。李學士百全以夢見予之拜相來說。予未信。以詩拒之。學士今方見和。予復次韻。

私がまだ宰相になる前に、李学士百全(百全)が、私が宰相に上る夢を見たと言ってきた。私は信じずに詩で退けた。学士が今になって和して来たので、私もまた次韻する。

夾注 1

百全

李学士の名は百全(百全)である。

平生所難得。時至或非難。伊昔駕柴車。誰謂吾轂丹。昔日混雞羣。誰謂遠揚翰。矧予本放浪。於世無所干。偶然取相位。躙躒舊長官。廻笑十九年。久滯蛾眉班。唯子能聖知。託以夢中觀。此夢非虛夢。了了眼前看。前言聊戱耳。子肯於吾謾。

生涯得がたいものも 時が至れば難しくないこともある 昔、柴の車を駆っていたころ 誰が私の車の轂が朱くなるなどと言ったろう かつて鶏の群れに混じっていたころ 誰が遠く翼を広げるなどと言ったろう まして私はもともと放浪を好み 世に求めるものがなかった たまたま宰相の位を得て かつての上官たちを踏み越えた 振り返って笑う、十九年のあいだ 長く低い列に縛られていたのだ ただ君だけが不思議に見抜いて 夢の中で見たことに託した この夢は空しい夢ではなく はっきりと目の前に見えるものであった 先に言ったことはしばしの戯れにすぎない 君がどうして私を欺こうとしたろうか

夾注 1

蛾眉班 — 「低い列」と読んだ。屈原の「衆女嫉余之蛾眉」に拠って「人の嫉みを受ける列」と読む道もある。― 訳者