いにしえの文 › 東国李相国集(東国の李相国の文集) › 後集 巻3

家の泉が長く乾き、酒も続かないので、これを詠む家泉久涸。酒亦未繼。因賦之。

東国李相国集(東国の李相国の文集) 東國李相國集 · 李奎報(イ・ギュボ) · 1241年(高麗・高宗28年)編 · 1251年に改め補う · 段落 1 · 漢字 56字 · 朗読 0.6分

東国李相国集(東国の李相国の文集) 後集 巻3 高麗の李奎報が生涯に作った文章を、子の李涵が1241年に編んで刻み、孫の李益培が1251年に改め補った文集。詩と賦、王に奉った表と箋、寺と塔に付けた記、碑銘と墓誌銘、手紙と序文、そしてモンゴルが攻め入った時に行き交った国書までが収められている。高句麗の始祖を歌った「東明王篇」が前集の巻3にあり、酒と琴と詩を友として自ら白雲居士と名のった人の一日一日が後集に残っている。書は、彼が目を病んで筆を置く最後の詩と、彼が死んだ後に他の人が作って付けた誄書・墓誌銘で閉じる。

泉因天旱今方涸。酒爲家貧忽自枯。釀斷莫供愁肺仰。汲遙難趁燥脣須。醒非楚客淸然者。渴豈文園病也夫。炮却此身爲底物。如何兩厄一時俱。

泉は天の旱で、今ようやく乾いた 酒は家が貧しくて、ふとおのずから尽きた 醸すのをやめて、憂える肺が仰ぎ望むものを供えられず 水を汲む所が遠くて、乾いた唇が待つものに追いつけない 醒めていても、独り清らかだったという楚の客ではなく 渇いたとて、どうして文園の病であろうか この身を炙って何にしようというのか どうして二つの災いが、一度にそろって来るのか