いにしえの文 › 東国李相国集(東国の李相国の文集) › 後集 巻3
雨を待ちこがれる渴雨
東国李相国集(東国の李相国の文集) 後集 巻3 高麗の李奎報が生涯に作った文章を、子の李涵が1241年に編んで刻み、孫の李益培が1251年に改め補った文集。詩と賦、王に奉った表と箋、寺と塔に付けた記、碑銘と墓誌銘、手紙と序文、そしてモンゴルが攻め入った時に行き交った国書までが収められている。高句麗の始祖を歌った「東明王篇」が前集の巻3にあり、酒と琴と詩を友として自ら白雲居士と名のった人の一日一日が後集に残っている。書は、彼が目を病んで筆を置く最後の詩と、彼が死んだ後に他の人が作って付けた誄書・墓誌銘で閉じる。
長望天涯眼亦昏。錯看烟霧是濃雲。迴頭微有窓蟲響。又作蕭蕭細雨聞。
長く天の果てを望んで、目までかすみ 煙や霧を見まちがえて、濃い雲だと言う 頭をめぐらせば、窓辺にかすかな虫の音があるのを それもまた、しょうしょうと降る細い雨の音と聞く
朝昏凝睇望膏恩。天更深靑無片雲。小圃蔬乾猶自憫。甫田禾稿忍堪聞。
朝も夕も目を凝らして恵みの雨を望むが 天はいよいよ深く青く、ひとひらの雲もない 小さな畑の菜が乾いたのさえ哀れなのに 広い田の稲が枯れたと、どうして聞くに堪えよう
龍宅江河亦國恩。如何潛伏不興雲。茫茫下土微臣在。號及皇天庶一聞。
龍が江河に住むのも、また国の恩である どうして潜み伏して、雲を起こさないのか はるかな下の地に、卑しい臣がいて 皇天にまで叫んでいる、一度でも聞いてほしい