李平章が牡丹の詩にまた和して送ってきたのに次韻する次韻李平章復和牡丹詩見寄
伏承盛作。辭語愈益妍麗。反覆吟詠不已。謹復和成四首。奉呈左右。此詩賦者多矣。莫不窮侈極靡。予恐溺於奢淫。故於第三第四篇。反之於正。亦詩人風雅之意也。
立派な作をうけたまわり、言葉はいよいよ美しく麗しく、繰り返し詠むのをやめられませんでした。謹んでまた和して四首を作り、左右に奉ります。この詩を詠んだ者は多く、どれも奢りと華やかさを尽くさないものがありません。わたしは奢りと淫らさに溺れることを恐れて、第三・第四の篇ではこれを正しいところへ返しました。これもまた詩人の風雅の意です。
夾注 1
四首○幷序
四首である。○ 序をあわせて載せる。
幾人彫句極鉛丹。應被姚生嘔却欄。詩老登壇誰與抗。詞臣閣筆盡羞看。不於國色曾留意。肯向名花巧倣顔。我導非公詞獨妙。吳娃越艶慣相觀。
何人が句を彫り、鉛丹を使い尽くしたことか 姚生に欄で吐かれても当然だ 詩の老手が壇に上れば、誰が抗えよう 文の臣たちは筆を置き、みな見るのを恥じる かつて国の美人に心を留めていなかったら 名高い花にその顔を巧みに写せただろうか わたしは言う、公でなければ文がこれほど妙ではあるまい 呉の娘や越の美人を、見慣れているのだから
夾注 3
姚嵓傑。狂士也。與盧肇唱和。肇吟一聯。傑憑欄嘔噦曰。凭欄一嘔。已覺喉空。
姚嵓傑は狂った士である。盧肇と詩を唱和し、盧肇が一聯を詠むと、姚嵓傑は欄に寄りかかって吐き、「欄に寄りかかって一度吐いたら、もう喉が空になった気がする」と言った。
公未登第。
公はまだ科挙に及第していなかった。
公稍有花柳之興。故云。
公には花と柳の興が少しあるので、こう言った。
詩人豈但矚霞丹。無限深情寄一欄。未及臉潮醺欲遍。已將肝錦炤相看。流年不駐紅紅面。好句唯留眄眄顔。若欠醉翁當日詠。殿前嬌艶後誰觀。
詩人がどうして霞のような紅を眺めるだけであろう 限りなく深い情を、一つの欄に託す 頬に酔いが行きわたるのを待たないうちに すでに錦のような肝胆を照らし合って見る 流れる年は紅紅の顔に留まらず よい句だけが、流し目をした顔を留める もし酔翁のその日の詠がなかったら 殿の前の嬌しい花を、のちに誰が見ようか
夾注 2
右一○專言公之盡情於此花。
右は第一首である。○ ひとえに、公がこの花に情を尽くしたことを言った。
妓名張紅紅。
妓の名は張紅紅である。
憶昔西施醉頰丹。吳王殿裏倚紅欄。似聞隨得鴟夷去。何事今於鳳闕看。坐爾巧讒難解語。尙餘舊習好矜顔。吾皇勤儉稀遊幸。付與遊人自在觀。
思えば昔、西施が酔って頬を紅くし 呉王の殿のうちで紅い欄に寄りかかっていた 鴟夷子に従って去ったと聞いたようなのに どういうわけで、今は鳳闕で見るのか おまえが巧みに讒したせいで、言葉を聞き分けにくく なお昔の癖が残って、顔を誇るのが好きだ わが帝は勤勉で倹しく、遊幸が稀なので 遊ぶ人に委ねて、思いのままに見させている
夾注 2
右二○言詩人模狀之妙。
右は第二首である。○ 詩人が姿を写し出した妙を言った。
王軒牡丹詩。西子巧讒魂。
王軒の「牡丹」の詩に「西施の巧みに讒した魂」と言った。
年年何似此時丹。往日人空今日欄。暫可醉同賓友賞。不須栽到子孫看。但聞豪宅誇姚魏。未信妖姿誤孔顔。莫問數苞猶在否。任渠留待舍人觀。
年ごとに、どうしてこの時の紅に及ぼう 昔の人は亡く、今日は欄だけが残る しばらく酔って、客や友とともに賞でればよい 子孫の代まで植え残して見る必要はない 豪奢な邸が姚黄・魏紫を誇るとは聞いたが 妖しい姿が孔子や顔淵を誤らせたとは信じない 幾つの蕾がまだ残っているかを問わないでほしい あの花には、舍人を待って見せるのに任せておく
夾注 5
右三○此篇反正。
右は第三首である。○ この篇は正しいところへ返した。
韓公牡丹詩。今日欄邊。
韓公の「牡丹」の詩に「今日、欄のほとり」と言った。
羅鄴牡丹詩云云。
羅鄴の「牡丹」の詩にそのように言った。
古人牡丹詩云。顔巷安貧欠買錢。
古人の「牡丹」の詩に「顔淵の巷では貧しさに安んじて、買う銭がない」と言った。
右四○上同
右は第四首である。○ 上と同じ。