いにしえの文 › 東国李相国集(東国の李相国の文集) › 後集 巻4
六月八日、加耶琴を手に入れて初めて弾く六月八日。旣得加耶琴始彈。
東国李相国集(東国の李相国の文集) 後集 巻4 高麗の李奎報が生涯に作った文章を、子の李涵が1241年に編んで刻み、孫の李益培が1251年に改め補った文集。詩と賦、王に奉った表と箋、寺と塔に付けた記、碑銘と墓誌銘、手紙と序文、そしてモンゴルが攻め入った時に行き交った国書までが収められている。高句麗の始祖を歌った「東明王篇」が前集の巻3にあり、酒と琴と詩を友として自ら白雲居士と名のった人の一日一日が後集に残っている。書は、彼が目を病んで筆を置く最後の詩と、彼が死んだ後に他の人が作って付けた誄書・墓誌銘で閉じる。
1第一首
舊譜渾忘了。新聲未自翻。唯餘數三弄。隨指仙將言。
古い楽譜はすっかり忘れてしまった 新しい調べは自分で作り出せない ただ二つ三つの調べだけが残り 指の動くままに仙人が語りかけてくるようだ
夾注 2
二首○示朴學士。
二首である。朴学士に示す。
凡不彈七年。
全部で七年のあいだ弾かなかった。
2第二首
畫金檀柱鴈行連。較得秦箏欠一絃。錦瑟减絃君會否。誰知此亦有由然。
金で描いた檀の雁足が並んで連なるが 秦の箏に比べれば弦が一本足りない 錦の瑟が弦を減らしたわけを君は知っているか これにもそうなる理由があると誰が知ろう