いにしえの文 › 東国李相国集(東国の李相国の文集) › 後集 巻4
赤い李をたびたび食べる屢食朱李
東国李相国集(東国の李相国の文集) 後集 巻4 高麗の李奎報が生涯に作った文章を、子の李涵が1241年に編んで刻み、孫の李益培が1251年に改め補った文集。詩と賦、王に奉った表と箋、寺と塔に付けた記、碑銘と墓誌銘、手紙と序文、そしてモンゴルが攻め入った時に行き交った国書までが収められている。高句麗の始祖を歌った「東明王篇」が前集の巻3にあり、酒と琴と詩を友として自ら白雲居士と名のった人の一日一日が後集に残っている。書は、彼が目を病んで筆を置く最後の詩と、彼が死んだ後に他の人が作って付けた誄書・墓誌銘で閉じる。
老齒反嗜酸。是亦病所自。前者始食李。再食本非意。今已慣甞之。棄擲未甚貴。誰肯餉閑門。以祿換諸市。乃知市中事。邀利忘生死。天上星猶摘。矧玆人力致。舊京雖隔江。盡致而後已。自古百果中。齊名者桃李。方朔之於桃。偸來只三耳。我今食李多。曼倩定難似。適意卽仙物。仙凡何必議。
老いた歯がかえって酸いものを好む これもまた病の起こる元だ 先に初めて李を食べたときは また食べようとは思いもしなかった 今はもう味わうのに慣れて 捨ててもさほど惜しくない 誰が暇な家に送ってくれようか 俸禄で市に換えて来るのだ そこで市の中の事が分かる 利を追って生き死にを忘れるのだ 天の星さえ摘んで来るのだから まして人の力で届くこれくらいは何でもない 古い都は川を隔てていても すべて運んで来てからやめる 昔から百の果物の中で 名を並べるのは桃と李だ 東方朔は桃については 盗んで来たのが三つだけだった 私は今、李を多く食べるので 東方朔でも私には比べがたかろう 心に適えばそれが仙のもの 仙だ凡だと、どうして論じよう
夾注 3
六月二十七日
六月二十七日である。
邇來憚喫飯。唯好酸物。
近ごろ飯を食べるのを厭い、ただ酸いものだけを好む。
六月十二日。
六月十二日である。