いにしえの文 › 東国李相国集(東国の李相国の文集) › 後集 巻5
普通の菊がみな尽きた後、名高い菊が九月の末ごろまで盛んに咲くのを見て、愛して詠む雜菊皆盡。見名菊至九月向晦盛開。愛而賦之。
東国李相国集(東国の李相国の文集) 後集 巻5 高麗の李奎報が生涯に作った文章を、子の李涵が1241年に編んで刻み、孫の李益培が1251年に改め補った文集。詩と賦、王に奉った表と箋、寺と塔に付けた記、碑銘と墓誌銘、手紙と序文、そしてモンゴルが攻め入った時に行き交った国書までが収められている。高句麗の始祖を歌った「東明王篇」が前集の巻3にあり、酒と琴と詩を友として自ら白雲居士と名のった人の一日一日が後集に残っている。書は、彼が目を病んで筆を置く最後の詩と、彼が死んだ後に他の人が作って付けた誄書・墓誌銘で閉じる。
黃花雖似與秋期。及此霜深豈發時。尙把淸香開艶艶。一枝何忍損浮巵。
黄の花は秋と約束したようであるが これほど霜が深いのに、どうして咲く時であろう それでも清らかな香りを持って美しく咲いたのだから 一枝をどうして傷つけて杯に浮かべられよう
夾注 1
豈發時。一作已後時。
「どうして咲く時であろう」は「すでに時が過ぎた」となっているものもある。