いにしえの文 › 東国李相国集(東国の李相国の文集) › 後集 巻6

相国と席にいた客たちが和したので、再び次韻する相國及坐客見和。復次韻。

東国李相国集(東国の李相国の文集) 東國李相國集 · 李奎報(イ・ギュボ) · 1241年(高麗・高宗28年)編 · 1251年に改め補う · 段落 1 · 漢字 28字 · 朗読 0.3分

東国李相国集(東国の李相国の文集) 後集 巻6 高麗の李奎報が生涯に作った文章を、子の李涵が1241年に編んで刻み、孫の李益培が1251年に改め補った文集。詩と賦、王に奉った表と箋、寺と塔に付けた記、碑銘と墓誌銘、手紙と序文、そしてモンゴルが攻め入った時に行き交った国書までが収められている。高句麗の始祖を歌った「東明王篇」が前集の巻3にあり、酒と琴と詩を友として自ら白雲居士と名のった人の一日一日が後集に残っている。書は、彼が目を病んで筆を置く最後の詩と、彼が死んだ後に他の人が作って付けた誄書・墓誌銘で閉じる。

嫌他桃李怯侵寒。種菊元無地隙間。莫把花名誇十八。明年添得百千般。

あの桃や李が、寒さの迫るのを怖れるのが嫌で 菊を植えたが、もとより空いた土地の隙もなかった 花の名が十八あると誇らないでほしい 来年は百千種を加えて得られるだろう

夾注 1

百千一作許多

百千は、ある本では許多となっている。