いにしえの文 › 東国李相国集(東国の李相国の文集) › 後集 巻6
二十九日に、また僧統と大禅師、禅師の湛其、双巌の住持の老師、金員外を招いて酒の席を設け、その席で詩一首を得て差し上げる二十九日。又邀僧統,大禪師,禪師湛其及雙嵒住老,金員外設酒。卽席得詩一首贈之。
東国李相国集(東国の李相国の文集) 後集 巻6 高麗の李奎報が生涯に作った文章を、子の李涵が1241年に編んで刻み、孫の李益培が1251年に改め補った文集。詩と賦、王に奉った表と箋、寺と塔に付けた記、碑銘と墓誌銘、手紙と序文、そしてモンゴルが攻め入った時に行き交った国書までが収められている。高句麗の始祖を歌った「東明王篇」が前集の巻3にあり、酒と琴と詩を友として自ら白雲居士と名のった人の一日一日が後集に残っている。書は、彼が目を病んで筆を置く最後の詩と、彼が死んだ後に他の人が作って付けた誄書・墓誌銘で閉じる。
二其一素皆生佛。京兆雙嵒亦可人。訪我從容消永日。不妨傾倒道漿醇。
其の字の名の二人と素の字の名の一人は、みな生きた仏であり 都の双巌の師もまた善き人である 私を訪ねて、ゆったりと長い一日を過ごすのだから 濃い道の酒を存分に傾けてもかまわない
夾注 2
守其
守其
志素
志素