いにしえの文 › 東国李相国集(東国の李相国の文集) › 後集 巻8
雪を詠む — 「柳の綿」という言葉の意詠雪 柳絮語意
東国李相国集(東国の李相国の文集) 後集 巻8 高麗の李奎報が生涯に作った文章を、子の李涵が1241年に編んで刻み、孫の李益培が1251年に改め補った文集。詩と賦、王に奉った表と箋、寺と塔に付けた記、碑銘と墓誌銘、手紙と序文、そしてモンゴルが攻め入った時に行き交った国書までが収められている。高句麗の始祖を歌った「東明王篇」が前集の巻3にあり、酒と琴と詩を友として自ら白雲居士と名のった人の一日一日が後集に残っている。書は、彼が目を病んで筆を置く最後の詩と、彼が死んだ後に他の人が作って付けた誄書・墓誌銘で閉じる。
不是玄冬寒裂面。終疑柳絮起漫漫。若言老矚迷難辨。道蘊應將鏡眼看。
真冬の寒さが顔を裂く時でなければ ついには柳の綿がかぎりなく舞い立つのかと疑うだろう 老いた目がかすんで見分けがたいと言うなら 謝道韞はきっと鏡のような目で見たのだろう
夾注 2
韻上同
韻は上と同じである。
謝道韞 — 底本は道蘊とする。柳の綿で雪をたとえた「未若柳絮因風起」を言った晋の謝道韞である。 ― 訳者