いにしえの文 › 東国李相国集(東国の李相国の文集) › 後集 巻8

其禅師の観音讃の詩に次韻する次韻其禪師觀音讚詩

東国李相国集(東国の李相国の文集) 東國李相國集 · 李奎報(イ・ギュボ) · 1241年(高麗・高宗28年)編 · 1251年に改め補う · 段落 5 · 漢字 280字 · 朗読 3.1分

東国李相国集(東国の李相国の文集) 後集 巻8 高麗の李奎報が生涯に作った文章を、子の李涵が1241年に編んで刻み、孫の李益培が1251年に改め補った文集。詩と賦、王に奉った表と箋、寺と塔に付けた記、碑銘と墓誌銘、手紙と序文、そしてモンゴルが攻め入った時に行き交った国書までが収められている。高句麗の始祖を歌った「東明王篇」が前集の巻3にあり、酒と琴と詩を友として自ら白雲居士と名のった人の一日一日が後集に残っている。書は、彼が目を病んで筆を置く最後の詩と、彼が死んだ後に他の人が作って付けた誄書・墓誌銘で閉じる。

初自聞中便入流。入流忘了所從由。區區匹素端身像。浩浩恒沙度世憂。眼界光明雖未得。耳門修證此爲尤。豈唯三十一諸國。百億河中一巨舟。

はじめ聞くうちからすぐに流れに入り 流れに入ると、たどってきた由を忘れた ささやかな一幅の白絹に端正な身の姿 広々とした恒河沙の世の憂いを済われる 眼の界に光明はまだ得られていないけれども 耳の門から修め証することが、これがもっとも勝れている どうして三十一の諸国だけであろうか 百億の河の中の一つの大きな舟である

夾注 1

晉陽公所送像

晋陽公が送ってくれた像である。

面如滿月眼如流。眼臂皆千叵測由。何必眞身長禮足。一看遺像已銷憂。觀能觀了聞音脫。空所空圓勝力尤。願得爍迦羅體相。此身非固似藏舟。

顔は満月のよう、眼は流れる水のよう 眼も臂もみな千で、その由を測りがたい どうして必ず真身に長く足を礼する必要があろう 残された姿をひとたび見ただけで、すでに憂いが消える 観る力と観られるものを了えれば音を聞くことから脱し 空ずるものと空ぜられるものが円かなれば、その力はさらに勝れる 願わくは爍迦羅の体相を得たい この身は堅固でなく、谷に隠した舟のようなのだから

夾注 2

所觀能觀

観られるものと観る力である。

能空所空

能く空ずることと、空ぜられるものである。

性海圓澄本不流。有遭淪墊莫懲由。但依我聖圓融覺。更有何人苦惱憂。若着倒聞猶未返。終成幻翳又誰尤。我雖解道元無實。出世難於陸轉舟。

性の海は円かに澄んでもとより流れないが 沈み没することに遭っても、その由を懲りることがない ただわが聖の円融の覚りに依るならば さらにどんな人が苦しみ悩み憂えようか もし倒れた聞に執われてまだ返らなければ ついに幻の翳りを成すのだから、また誰を咎めよう 私は道を解すると言っても、もとより実がないので 世を出ることは陸で舟を転がすより難しい

云何根境似澄流。聞復塵銷豈是由。空性已圓寧有念。衆生未度不無憂。侯門遣像心非表。釋苑推師行蔑尤。頃刻安能離我聖。卽如渡海也無舟。

どうして根と境とが澄んだ水のようであろうか 聞くことが返って塵が消えるのに、どうして由がないことがあろう 空の性がすでに円かなのだから、どうして念があろう 衆生をまだ済っていないのだから、憂いがないわけではない 侯の家から像を遣わされたのは、心が表向きではなく 釈の苑で師と推すのは、行いに咎がないからだ わずかの間も、どうしてわが聖を離れられよう それはすなわち海を渡るのに舟がないのと同じだ

微塵國土澤方流。與樂伊何請說由。必待有憂方與樂。本來無樂孰爲憂。翻思濁劫無遮念。能悅迷倫是最尤。弟子歸依尋自誓。生生願作苦河舟。

塵のような国土に恵みがまさに流れています 楽を与えられるとはどういうことか、その由をお説きください 必ず憂いがあるのを待ってはじめて楽を与えられるのなら もともと楽がないのに、誰が憂えるでしょうか 翻って思えば、濁った劫に遮りのない念で 迷う人々を悦ばせられることが、もっとも勝れております 弟子は帰依してただちにみずから誓います 生まれ変わるたびに苦しみの河を渡す舟となりたいと