いにしえの文 › 東国李相国集(東国の李相国の文集) › 後集 巻10

李侍郎需がふさいだ懐いの詩に再び和したのに次韻する次韻李侍郞需復和鬱懷詩

東国李相国集(東国の李相国の文集) 東國李相國集 · 李奎報(イ・ギュボ) · 1241年(高麗・高宗28年)編 · 1251年に改め補う · 段落 1 · 漢字 76字 · 朗読 0.7分

東国李相国集(東国の李相国の文集) 後集 巻10 高麗の李奎報が生涯に作った文章を、子の李涵が1241年に編んで刻み、孫の李益培が1251年に改め補った文集。詩と賦、王に奉った表と箋、寺と塔に付けた記、碑銘と墓誌銘、手紙と序文、そしてモンゴルが攻め入った時に行き交った国書までが収められている。高句麗の始祖を歌った「東明王篇」が前集の巻3にあり、酒と琴と詩を友として自ら白雲居士と名のった人の一日一日が後集に残っている。書は、彼が目を病んで筆を置く最後の詩と、彼が死んだ後に他の人が作って付けた誄書・墓誌銘で閉じる。

身老病復攻。不奈胸沈鬱。時時頗自慰。唯是杯中物。尙未足豁然。只此手端一筆奔騰天地如驥逸。因睹子之詩。穿天又出月。起予者迺君。捨君誰復導我平生一一皆具實。翁雖縮凍龜。中有所難屈。

身は老いて病がまた攻めるので 胸に沈んだふさぎをどうしようか 折々にかなり自らを慰めるのは ただ杯のなかの物だけだ それでも豁然と開けるには足りず ただこの手先の一本の筆が天地を奔り騰るのが、驥が逸るようだ 君の詩を見ると 天を穿ち、また月が出た 私を起こす者はまさに君であり 君を捨てたら誰がまた私を導こう 私の生涯は一つ一つみな実を具えている 翁はたとえ凍えた亀のように縮こまっても うちには屈しがたいものがある

夾注 1

捨君誰復導我平生一一皆具實 — 句読のない長短句である。一行につなげて「私の生涯を導き、一つ一つを実あるものに具えてくれる者は君だけだ」と読むこともある。 ― 訳者