いにしえの文 › 東国李相国集(東国の李相国の文集) › 後集 巻10
その日、三人の朴学士が和したので、重ねて次韻する是日三朴學士見和。復次韻。
東国李相国集(東国の李相国の文集) 後集 巻10 高麗の李奎報が生涯に作った文章を、子の李涵が1241年に編んで刻み、孫の李益培が1251年に改め補った文集。詩と賦、王に奉った表と箋、寺と塔に付けた記、碑銘と墓誌銘、手紙と序文、そしてモンゴルが攻め入った時に行き交った国書までが収められている。高句麗の始祖を歌った「東明王篇」が前集の巻3にあり、酒と琴と詩を友として自ら白雲居士と名のった人の一日一日が後集に残っている。書は、彼が目を病んで筆を置く最後の詩と、彼が死んだ後に他の人が作って付けた誄書・墓誌銘で閉じる。
笙歌簇席。更錦繡襲熏瓊弁賓客。門擁桃華李艶往年親摘。仙香暗動金杯酒。興飛揚飮酣談劇。紅粧慢唱。爭前祝壽不敎歸得。記昔日曾經此樂。俱重到歡場雙鬢添白。侵夕將廻更坐忘還家宅。有時豁起遭牽袖。任蹉跎烏帽欹側。笑哉殘叟。連呼倡兒促檀拍。
笙と歌が席に簇まり さらに錦と繍に香が襲い、瓊の弁をつけた賓客を覆う 門には桃の華と李の艶が擁き、往年に私が自ら摘んだ者たちだ 仙の香りが金の杯の酒に暗かに動き 興が飛び揚がって飲みは酣に、談は劇しくなる 紅く粧った妓が慢やかに唱い 争って前に出て寿を祝い、帰らせようとしない 昔の日にかつてこの楽しみを経たことを記えているが ともに重ねて歓びの場に到ると、両の鬢に白さが加わっていた 夕べが迫って帰ろうとして、また座って家に還ることを忘れる 時には豁やかに起とうとして袖を牽かれ 任せるままに蹉き、烏の帽が斜めに側く 笑えることだ、この残った叟は 続けて倡の児を呼び、檀の拍を促す
夾注 1
戊戌年。予之四度門生等。設如此筵。慰于致政。此門生亦於其日在焉。
戊戌年に、私の四度目の門生たちがこのような筵を設けて、政を致して退いたことを慰めた。この門生もまたその日その席にいた。