いにしえの文 › 東国李相国集(東国の李相国の文集) › 後集 巻12
同年の盧生に送る手紙與同年盧生手簡
東国李相国集(東国の李相国の文集) 後集 巻12 高麗の李奎報が生涯に作った文章を、子の李涵が1241年に編んで刻み、孫の李益培が1251年に改め補った文集。詩と賦、王に奉った表と箋、寺と塔に付けた記、碑銘と墓誌銘、手紙と序文、そしてモンゴルが攻め入った時に行き交った国書までが収められている。高句麗の始祖を歌った「東明王篇」が前集の巻3にあり、酒と琴と詩を友として自ら白雲居士と名のった人の一日一日が後集に残っている。書は、彼が目を病んで筆を置く最後の詩と、彼が死んだ後に他の人が作って付けた誄書・墓誌銘で閉じる。
某啓。昨直西掖。明日過午漏方退。閱前夕所惠小簡。具悉來意。未及周覽而心已惻然矣。僕亦近以邦廩虛耗。不以時給俸。故屢遭在陳。此非子所不詳知也。想君家鵝雁之聲。有甚於吾家。所以及之也。此梅聖兪所謂大貧丐小貧。安得不相嗤者也。宜乎子之丐我也。吾不可以有無爲解。不爲之緩急也。罄倒橐貯白粲若干餉之。幸勿以些少爲誚。餘留面宣云。
某が申し上げます。昨日は西掖に宿直し、翌日の昼を過ぎてようやく退きました。昨夕にお送りくださった短い手紙を開いて見て、お申し越しのお気持ちをすべて知りましたが、ひととおり読み終える前に、心はすでに痛んでおりました。
私もまた近ごろ国の倉が空になり漏れて、時に合わせて俸禄が下りませんので、しばしば陳で飢えたような目に遭っております。これはあなたが詳しく知らないことではありません。思いますに、あなたの家の鵝鳥と雁の鳴く声は、私の家よりひどいので、それでこうしてお申し越しになったのでしょう。これは梅聖兪が言った「大きな貧が小さな貧に乞う」というもので、どうして互いに笑わずにいられましょうか。
あなたが私に乞われるのは当然です。私は、有る無いを言い訳にして、あなたの急な事情を顧みないわけにはいきません。袋をすべて傾けて白米をいくらかお送りしますので、どうかわずかだと咎めないでください。残りはお目にかかって申し上げます。云云。
夾注 1
鵝雁之聲 — 飢えた家族の騒ぐ声を、鵝鳥や雁の鳴き声になぞらえた言葉と見る立場もある。 ― 訳者