商鞅の伝を論ずる衛鞅傳論
按史。秦將衛鞅遺書魏公子卬曰。往與公子驩。今爲兩國將。不可相攻。可與面相見。樂飮而罷。以安秦魏。卬以爲然。會飮。鞅伏甲攻卬滅魏軍。予以爲此甚非義也。或曰。傳有兵或用詐謀。則此亦似可。而何謂之甚非也。予曰。古人所謂用詐者。迺兵權之詐也。吾所以非之者。乃人奸之詐也。何謂兵詐。如聲東出西。左實右虛者之類是已。此亦猶未若羊祜之剋日乃戰。子犯之伐原示信者也。然兵勢或窘。則間或用之可也。夫所謂人詐者。迫人於險。紿殺降卒之類是已。若比之衛鞅。則事雖不同。其姦則類。雖爲國敗敵。吾不取也。抑又公子卬。大將也。信敵人之言。見紿被敗。何智略狹淺之至是也。吾邦俗諺亦云。敵者之言。何可聽也。是庶人之言也。公子卬爲國大將。而反不如庶人之意耶。魏使卬將兵。宜其敗也。夫詐者。一時之利也。信者。久長之計也。
史を調べると、秦の将の商鞅が魏の公子卬に書を送って言った。「かつて公子と楽しく過ごしましたが、いま二つの国の将となりましたので、互いに攻めることはできません。顔を合わせて会い、楽しく飲んで終わりにして、秦と魏を安らかにしましょう。」卬はそうだと思って、集まって飲んだが、商鞅は甲を着た兵を伏せておいて卬を攻め、魏の軍を滅ぼした。私はこれは甚だ義にそぐわないことだと思う。
ある人が言った。「伝えるところでは、兵は時に詐りの謀を用いるというのだから、これもまた差し支えないように思えるが、どうして甚だ間違っているというのか。」
私は言う。古人のいわゆる詐りを用いるというのは、すなわち兵を動かすうえで勢に従う詐りであり、私が間違っているというのは、すなわち人柄の奸なる詐りである。何を兵の詐りというのか。東で声を立てて西に出、左を実にし右を虚にするといった類がこれである。これもまた、羊祜が日を決めて戦ったことや、子犯が原を伐ちながら信を示したことには及ばない。しかし兵の勢が窮することがあれば、時に用いるのは差し支えない。
およそいわゆる人の詐りとは、人を険しい所に追い込み、降った兵を騙して殺すといった類がこれである。商鞅に比べれば、事は同じではないが、その奸なることは似ている。たとえ国のために敵を破ったとしても、私は採らない。
また公子卬は大将である。敵の言葉を信じて騙され、敗れたのであるから、どうして智と略の狭く浅いことがここまで至ったのか。我が国の諺にも「敵の言葉をどうして聞けようか」というが、これは普通の人の言葉である。公子卬は国の大将でありながら、かえって普通の人の考えにも及ばないというのか。魏が卬に兵を率いさせたのだから、その敗れたのは当然である。
およそ詐りとは一時の利であり、信とは長く久しい計である。
夾注 1
底本は衛鞅と記している。衛の国で生まれたのでそう呼ばれたが、この文に一緒に出てくる魏と読みが紛れるので、広く用いられる商鞅と記した。 ― 訳者