いにしえの文 › 東国李相国集(東国の李相国の文集) › 後集 跋文
本の末に付けた文跋尾
東国李相国集(東国の李相国の文集) 後集 跋文 高麗の李奎報が生涯に作った文章を、子の李涵が1241年に編んで刻み、孫の李益培が1251年に改め補った文集。詩と賦、王に奉った表と箋、寺と塔に付けた記、碑銘と墓誌銘、手紙と序文、そしてモンゴルが攻め入った時に行き交った国書までが収められている。高句麗の始祖を歌った「東明王篇」が前集の巻3にあり、酒と琴と詩を友として自ら白雲居士と名のった人の一日一日が後集に残っている。書は、彼が目を病んで筆を置く最後の詩と、彼が死んだ後に他の人が作って付けた誄書・墓誌銘で閉じる。
嗣孫益培言。祖文順公全集四十一卷。後集十二卷。年譜一軸。行于世者尙矣。多有訛舛脫漏之處。今者。分司都監。雕海藏告畢之暇。奉勑鏤板。予幸守比郡。以家藏一本讎校流通耳。
後を嗣いだ孫の益培が言う。祖父の文順公の全集四十一巻と後集十二巻と年譜一軸が世に行われて久しいが、誤り乱れて脱け落ちた所が多かった。いま、分司都監で海のように大きな大蔵経を彫る仕事を終えたと申し上げた合間に、王命を奉じて板に彫ることになった。私は幸いこの郡を守っているので、家に蔵めた一本で突き合わせて正し、広く行き渡らせるだけである。
辛亥歲。高麗國分司大藏都監奉勑雕造。
辛亥の年に、高麗国の分司大蔵都監が王命を奉じて彫り造った。
校勘。河東郡監務管句學事將仕郞良醞令李益培。
校勘。河東郡監務・管句学事・将仕郎・良醞令の李益培。
錄事。將仕郞軍器注簿同正張世候。
録事。将仕郎・軍器注簿同正の張世候。
錄事。將仕郞軍器注簿同正井洪湜。
録事。将仕郎・軍器注簿同正の井洪湜。
副使。晉州牧副使兵馬軡轄試尙書工部侍郞全光宰。
副使。晋州牧副使・兵馬検轄・試尚書工部侍郎の全光宰。
使
使。