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第三章3장
大学(大いなる学びの書) 第3章 二千字に満たない短い文章だが、東アジアで最も多く暗唱された文章の一つである。「明らかな徳を明らかにし、民に親しみ、至れる善にとどまる」と開き、物を推し究めて知を尽くすところから天下を平らかにするところまで、八つの歩みを一筋に貫く — 格物・致知・誠意・正心・修身・斉家・治国・平天下。
中ほどに「独りを慎む(慎独)」が二度現れ、終わりの章はすべて財と人の話である。財が集まれば民が散り、財が散れば民が集まるという言葉、取り立てる臣下を置くよりむしろ盗む臣下を置こうという孟献子の言葉がみなここにある。
《詩》云:「瞻彼淇澳,菉竹猗猗。有斐君子,如切如磋,如琢如磨。瑟兮僩兮,赫兮喧兮。有斐君子,終不可諠兮!」「如切如磋」者,道學也;「如琢如磨」者,自脩也;「瑟兮僩兮」者,恂慄也;「赫兮喧兮」者,威儀也;「有斐君子,終不可諠兮」者,道盛德至善,民之不能忘也。《詩》云:「於戲前王不忘!」君子賢其賢而親其親,小人樂其樂而利其利,此以沒世不忘也。
「詩」に言う。「あの淇水のくまを見よ、青竹が茂っている。みやびな君子よ、切るよう磨ぐよう、彫るよう磨くよう。おごそかで強く、輝いて明るい。みやびな君子よ、ついに忘れることができない。」
「切るよう磨ぐよう」とは学ぶことを言ったのであり、「彫るよう磨くよう」とは自ら修めることであり、「おごそかで強く」とは慎み恐れることであり、「輝いて明るい」とは威厳ある身のこなしであり、「みやびな君子よ、ついに忘れることができない」とは、盛んな徳とこの上ない善を言ったのであって、民が忘れられないということである。
「詩」に言う。「ああ、前の王を忘れられない。」君子はその賢さを賢いとし、その親しみを親しいとする。小人はその楽しみを楽しみ、その利を利とする。これによって、世を去った後も忘れられないのである。