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第九章9장

大学(大いなる学びの書) 大學 · 曾子が著したと伝わる · 礼記に収められた文章 · 段落 1 · 漢字 101字 · 朗読 0.4分

大学(大いなる学びの書) 第9章 二千字に満たない短い文章だが、東アジアで最も多く暗唱された文章の一つである。「明らかな徳を明らかにし、民に親しみ、至れる善にとどまる」と開き、物を推し究めて知を尽くすところから天下を平らかにするところまで、八つの歩みを一筋に貫く — 格物・致知・誠意・正心・修身・斉家・治国・平天下。 中ほどに「独りを慎む(慎独)」が二度現れ、終わりの章はすべて財と人の話である。財が集まれば民が散り、財が散れば民が集まるという言葉、取り立てる臣下を置くよりむしろ盗む臣下を置こうという孟献子の言葉がみなここにある。

所謂齊其家在脩其身者,人之其所親愛而辟焉,之其所賤惡而辟焉,之其所畏敬而辟焉,之其所哀矜而辟焉,之其所敖惰而辟焉。故好而知其惡,惡而知其美者,天下鮮矣!故諺有之曰:「人莫知其子之惡,莫知其苗之碩。」此謂身不脩不可以齊其家。

いわゆる「その家をととのえることはその身を修めることにある」とは、こうである。人は親しみ愛するものに偏り、見くだし憎むものに偏り、恐れ敬うものに偏り、あわれむものに偏り、あなどり怠るものに偏る。

だから、好みながらもその悪いところを知り、憎みながらもその美しいところを知る者は、天下にまれである。だから、ことわざにこういう言葉がある。「人は自分の子の悪いところを知らず、自分の苗が大きくなったことを知らない。」これを、身が修まらなければその家をととのえることはできないという。