下元の斎詞 ― その三下元齋詞
1手は金の鉞を提げ、心は瑤の台に寄せて
啓請如科儀。伏以混成至道。本在勤行。衆妙玄門。唯資善閉。故曰修之身則其德乃貴。修之國則其德有餘。旣能事少功多。可謂暫勞永逸。臣雖手提金鉞。而心寄瑤臺。飄飄然自有良期。擾擾者誰知積學。是以。三元致敬。一氣存思。佇天上之鷄聲。潛懸素望。待海中之鶴信。每瀝丹誠。終冀用之則行。豈言深不可識。今者謹齎薄禮。仰黷玄慈。所願轉茂靈根。漸抛俗界。餌崦嵫之奇草。飮沆瀣之仙漿。漢代淮王。終遂仙遊之樂。周時柱史。何妨吏隱之名。苟保天成。奚言日損。景仰於其中有象。願知於此外無求。臣無任投辭懇迫虔禱兢越之至。謹辭。
啓請は科儀のとおりにします。伏して思いますに、混成の至れる道はもともと勤めて行うことにあり、衆妙の玄かな門はただよく閉じることにもとづきます。ですから「これを身に修めればその徳は真であり、これを国に修めればその徳は余りがある」と言われました。すでに事は少なくて功は多いのですから、しばらく労して永く逸らかであると言えます。臣は手に金の鉞を提げていますが、心は瑤の台に寄せ、飄々としてみずから良き期がありますが、擾々とする人々のうち誰が学を積むことを知るでしょう。ですから三元に敬いを致し、一つの気に思いを存して、天の上の鶏の声を佇ちながらひそかに素の望みを懸け、海の中の鶴の信を待ちながらつねに丹き誠を瀝ぎます。ついに用いられれば行うことを冀うばかりで、どうして深くて識りがたいなどと言いましょう。いま謹んで薄い礼を齎して、玄かな慈しみを仰ぎ黷します。願うところは、霊なる根をいよいよ茂らせて次第に俗の界を抛ち、崦嵫の奇しき草を餌とし、沆瀣の仙の漿を飲むことです。漢の代の淮王は、ついに仙に遊ぶ楽しみを遂げ、周の時の柱史は、吏として隠れる名がどうして妨げになりましょう。まことに天の成すところを保てば、どうして日に損ずるなどと言いましょう。「その中に象あり」を景い仰ぎ、「この外に求むるなし」を知ることを願います。臣は辞を投じ懇ろに迫り、虔み祷り兢え越える至りに堪えません。謹んで申し上げます。
夾注 1
底本は「貴」であるが、『老子』五十四章の通行本の「真」の誤りと見て訳した。 ― 訳者