いにしえの文 › 桂苑筆耕集(桂の苑で筆を耕した集) › 巻20 啓狀

再び送ってくださった月料の銭に感謝する状謝再送月料錢狀

桂苑筆耕集(桂の苑で筆を耕した集) 桂苑筆耕集 · 崔致遠(チェ・チウォン) · 886年(唐・中和6年 · 新羅・憲康王12年) · 段落 1 · 漢字 169字 · 朗読 0.7分

桂苑筆耕集(桂の苑で筆を耕した集) 巻20 啓狀 崔致遠が唐の淮南節度使・高駢の幕府で四年のあいだ書いた文章のうちから自ら選び、二十巻に編んで886年に新羅の憲康王に奉った文集。皇帝に奉った表と状、黄巣を責めた檄文、諸々の節度使に送った手紙、部下に下した委曲と挙牒、道教の斎詞と仏教の斎文、祭文、成都の羅城と安南の絵に付けた記、そして高駢に奉った啓と詩まで366編が収められている。「臣は新羅の人です」で始まる最初の啓と、「天下の人がおまえを殺そうとするだけでなく、地の底の鬼神までもおまえを斬ることを議した」という討黄巣檄文がここにあり、最後の巻は十二歳で離れた故郷へ帰る船路で作った詩である。今に伝わる韓国人の文集のうち最も古いもので、1834年に洪奭周と徐有榘が活字で刷るにあたり「我が東方の文章の根本であり始まりである」と述べた。その二つの序文も併せて訳した。

1返し送った八月の料銭を再び送ってくださって

某啓。昨日軍資庫送到館驛巡官八月料錢。伏緣某將命逮方。已奉公牒。暫離候館。卽指歸程。旣蒙別賜行裝。豈令更霑職俸固難領受。遂便送還。不知庫司具狀申上上。伏奉判命卻來送者。筆飛雲鳳。顯示深恩。緡躍天龍。仰資厚徳况。遂還家之望。實驚潤屋之言。遠地賤微。雖有慙於銅臭。故鄕親識。必致敬於金多通神則益驗魯褒。執癖則敢□和嶠。伏以尊卑禮隔。辭讓無由。謹依處分跪領訖。下情無任感恩戀德激切徘徊兢灼之至云云。

某が申し上げます。昨日、軍資庫から館駅巡官の八月分の料銭が送られてきました。私は命を受けて遠い地方に赴くため、すでに公牒を奉じて、しばらく候館を離れ、まさに帰る道を指しています。すでに別に旅支度を賜っているのに、どうして重ねて職俸に潤おうとしましょうか。まことに受け取りがたく、すぐに返し送りましたが、庫司が状を具えて上に申し上げたとは知らず、判命を謹んで奉じましたところ、お退けになって再び送ってくださいました。筆は雲の鳳のように飛んで深いお恵みを顕し示し、銭の緡は天の竜のように躍って厚い御徳に仰いで拠ります。まして家に帰る望みが叶ったところで、まことに「富は家を潤す」という言葉に驚かされます。遠い地の賤しく微かな者は、銅の臭いに恥じるところがありましょうが、故郷の親族や知人は、必ず金の多きに敬いを寄せるでしょう。神に通ずるということは魯褒にいよいよ験され、癖に取りつかれるということは敢えて□和嶠です。伏して思いますに、尊卑の礼が隔てて辞退する術がなく、謹んでご処分に従い、跪いて受け取りました。下々の心は、恩に感じ徳を慕い、激しく切なく、たちもとおり、恐れ焦がれる極みに堪えません。云々。