いにしえの文 › 韓非子(韓非の書)

十過

韓非子(韓非の書) 韓非子 · 韓非と後学 · 紀元前3世紀 · 段落 17 · 漢字 5,275字 · 朗読 21.1分

韓非子(韓非の書) 法家が一堂に集まった書である。商鞅の法と申不害の術と慎到の勢を、韓非が受け継いで一つに編んだ。人は善だから善なのではなく、悪をなしえないから善であると見て、君主が頼るべきは仁ではなく法と術と勢であると説く。 矛盾がここから出た。貫けない盾と貫けないものがない矛を一緒に売る楚の人の話で、堯と舜をともに称えることはできないことを示し、難勢でもう一度、仁と勢をめぐって同じたとえを挙げる。切り株を守って兎を待った宋の人(守株待兎)と、足を二度切られてはじめて玉と認められた和氏の璧も、この書の話である。 語ることの難しさを扱った説難には、龍の喉の下に逆さに生えた鱗の話がある。君主にもそのような鱗があり、触れれば死ぬというのだが、当の韓非自身が秦で獄に捕らわれて死んだ。 存韓には、韓非が秦王に奉った文と、そのすぐ後に李斯が「韓非は韓のために来た者なので、帰してはならない」と奉った文が並べて収められている。一人を死に追いやった文書が、その人の書に一緒に残った。

十過:一曰行小忠,則大忠之賊也。二曰顧小利,則大利之殘也。三曰行僻自用,無禮諸侯,則亡身之至也。四曰不務聽治而好五音,則窮身之事也。五曰貪愎喜利,則滅國殺身之本也。六曰耽於女樂,不顧國政,則亡國之禍也。七曰離内遠遊而忽於諫士,則危身之道也。八曰過而不聽於忠臣,而獨行其意,則滅高名爲人笑之始也。九曰内不量力,外恃諸侯,則削國之患也。十曰國小無禮,不用諫臣,則絶世之勢也。

十の過ちである。第一、小さな忠を行うのは、大きな忠の賊である。第二、小さな利を顧みるのは、大きな利をそこなうことである。第三、偏ったふるまいをして我を通し、諸侯に礼を失うのは、身を滅ぼす近道である。第四、政を聞いて治めることに努めず五音を好むのは、身を窮させる事である。第五、貪り、片意地で、利を喜ぶのは、国を滅ぼし身を殺すもとである。第六、女と楽にふけって国政を顧みないのは、国を失う災いである。第七、内を離れて遠く遊び、諫める士をおろそかにするのは、身を危うくする道である。第八、過ちがあっても忠臣の言を聞かず、ひとり我が意を行うのは、高い名を滅ぼし人に笑われる始まりである。第九、内で力を量らず、外で諸侯を頼むのは、国が削られる患いである。第十、国が小さいのに礼がなく、諫める臣を用いないのは、血筋が絶える勢いである。

奚謂小忠?昔者楚共王與晉厲公戰於鄢陵,楚師敗,而共王傷其目。酣戰之時,司馬子反渴而求飲,竪穀陽操觴酒而進之。子反曰:「嘻!退,酒也。」穀陽曰:「非酒也。」子反受而飲之。子反之爲人也,嗜酒,而甘之,弗能絶於口,而醉。戰既罷,共王欲復戰,令人召司馬子反,司馬子反辭以心疾。共王駕而自往,入其幄中,聞酒臭而還,曰:「今日之戰,不穀親傷。所恃者,司馬也,而司馬又醉如此,是亡楚國之社稷而不恤吾衆也。不穀無復戰矣。」於是還師而去,斬司馬子反以爲大戮。故竪穀陽之進酒,不以讎子反也,其心忠愛之而適足以殺之。故曰:行小忠,則大忠之賊也。奚謂顧小利?昔者晉獻公欲假道於虞以伐虢。荀息曰:「君其以垂棘之璧與屈産之乘,賂虞公,求假道焉,必假我道。」君曰:「垂棘之璧,吾先君之寶也;屈産之乘,寡人之駿馬也。若受吾幣不假之道,將柰何?」荀息曰:「彼不假我道,必不敢受我幣。若受我幣而假我道,則是寶猶取之内府而藏之外府也,馬猶取之内廐而著之外廐也。君勿憂。」君曰:「諾。」乃使荀息以垂棘之璧與屈産之乘賂虞公而求假道焉。虞公貪利其璧與馬而欲許之。宮之奇諫曰:「不可許。夫虞之有虢也,如車之有輔。輔依車,車亦依輔,虞、虢之勢正是也。若假之道,則虢朝亡而虞夕從之矣。不可,願勿許。」虞公弗聽,遂假之道。荀息伐虢克之,還反處三年,興兵伐虞,又尅之。荀息牽馬操璧而報獻公,獻公說曰:「璧則猶是也。雖然,馬齒亦益長矣。」故虞公之兵殆而地削者,何也?愛小利而不慮其害。故曰:顧小利,則大利之殘也。

小さな忠とは何か。昔、楚の共王が晋の厲公と鄢陵で戦い、楚の軍は敗れ、共王はその目を傷つけた。戦いのたけなわのとき、司馬の子反が渇いて飲み物を求めたところ、小者の穀陽が杯に酒を入れて差し出した。子反は言った。「おい、下がれ。酒ではないか。」穀陽は言った。「酒ではありません。」子反は受け取って飲んだ。子反の人柄は酒を好み、甘いと思えば口から離せないので、酔ってしまった。戦いが終わって共王がもう一度戦おうとし、人を遣わして司馬の子反を呼んだが、司馬の子反は胸の病だと言って断った。共王は車を駆ってみずから行き、その幕の中に入ったが、酒の匂いを嗅いで引き返し、言った。「今日の戦いで、わたしはみずから傷ついた。頼りにしているのは司馬なのに、その司馬がまたこのように酔っている。これは楚の社稷を滅ぼし、わが兵をあわれまないということだ。わたしはもう戦わない。」こうして軍を返して去り、司馬の子反を斬って大いなる刑とした。だから小者の穀陽が酒を差し出したのは、子反を仇と思ったからではなく、その心は忠にして彼を愛していたのに、ちょうどそれが彼を殺すのに十分だったのである。だから言う。小さな忠を行うのは、大きな忠の賊である。小さな利を顧みるとは何か。昔、晋の献公が虞に道を借りて虢を討とうとした。荀息が言った。「君が垂棘の璧と屈産の四頭立てで虞公に贈り、道を借りることを求められれば、必ず我らに道を貸すでしょう。」君は言った。「垂棘の璧はわが先君の宝であり、屈産の四頭立てはわたしの駿馬である。もしわが贈り物を受け取って道を貸さなければ、どうするのか。」荀息は言った。「彼らが我らに道を貸さないつもりなら、必ずあえて我らの贈り物を受け取りません。もし我らの贈り物を受け取って道を貸すなら、それは宝を内の蔵から出して外の蔵に収め、馬を内の厩から出して外の厩につないでおくようなものです。君はご心配なさいますな。」君は言った。「よし。」そこで荀息に垂棘の璧と屈産の四頭立てを持たせて虞公に贈り、道を借りることを求めた。虞公はその璧と馬の利を貪って許そうとした。宮之奇が諫めて言った。「許してはなりません。虞に虢があるのは、車に添え木があるようなものです。添え木は車に寄り、車も添え木に寄る。虞と虢の勢いはまさにこれです。もし道を貸せば、虢は朝に滅び、虞は夕にそれに続きます。なりません。どうかお許しになりませんよう。」虞公は聞かず、ついに道を貸した。荀息は虢を討って勝ち、帰ってから三年おいて兵を起こして虞を討ち、これにも勝った。荀息が馬を引き璧を携えて献公に報じると、献公は喜んで言った。「璧はもとのままだ。とはいえ、馬の歯もまた伸びたな。」では虞公の兵が危うくなり地が削られたのはなぜか。小さな利を愛してその害を考えなかったからである。だから言う。小さな利を顧みるのは、大きな利をそこなうことである。

奚謂行僻?昔者楚靈王爲申之會,宋太子後至,執而囚之;狎徐君;拘齊慶封。中射士諫曰:「合諸侯,不可無禮,此存亡之機也。昔者桀爲有戎之會而有緡叛之,紂爲黎丘之蒐而戎、狄叛之,由無禮也。君其圖之。」君不聽,遂行其意。居未期年,靈王南遊,羣臣從而劫之。靈王餓而死乾溪之上。故曰:行僻自用,無禮諸侯,則亡身之至也。

偏ったふるまいとは何か。昔、楚の霊王が申の地で諸侯の会を開いたとき、宋の太子が遅れて着いたので捕らえて囚え、徐の君を侮り、斉の慶封を拘束した。中射士が諫めて言った。「諸侯を集めるのに礼を欠いてはなりません。これは存亡のかなめです。昔、桀が有戎の会を開くと有緡が背き、紂が黎丘の狩り集めを開くと戎と狄が背きました。礼がなかったからです。君はお考えください。」君は聞かず、ついに我が意のままに行った。一年たたないうちに霊王が南へ遊びに出ると、臣下たちが従って行って彼を脅し取った。霊王は飢えて乾渓のほとりで死んだ。だから言う。偏ったふるまいをして我を通し、諸侯に礼を失うのは、身を滅ぼす近道である。

奚謂好音?昔者衛靈公將之晉,至濮水之上,稅車而放馬,設舍以宿。夜分,而聞鼓新聲者而說之。使人問左右,盡報弗聞。乃召師涓而告之,曰:「有鼓新聲者,使人問左右,盡報弗聞。其狀似鬼神,子爲我聽而寫之。」師涓曰:「諾。」因静坐撫琴而寫之。師涓明日報曰:「臣得之矣,而未習也,請復一宿習之。」靈公曰:「諾。」因復留宿。明日,已習之,遂去之晉。晉平公觴之於施夷之臺。酒酣,靈公起。公曰:「有新聲,願請以示。」平公曰:「善。」乃召師涓,令坐師曠之旁,援琴鼓之。未終,師曠撫止之,曰:「此亡國之聲,不可遂也。」平公曰:「此道奚出?」師曠曰:「此師延之所作,與紂爲靡靡之樂也。及武王伐紂,師延東走,至於濮水而自投。

音を好むとは何か。昔、衛の霊公が晋へ行こうとして濮水のほとりに至り、車を解き馬を放し、仮の宿を設けて泊まった。夜半、新しい調べを弾く音を聞いて喜んだ。人を遣わして側近に尋ねさせたが、みな聞こえなかったと報じた。そこで楽師の涓を呼んで告げた。「新しい調べを弾く者がいる。人を遣わして側近に尋ねさせたが、みな聞こえなかったと言う。そのさまは鬼神のようだ。おまえは私のために聞き取って写せ。」楽師の涓は言った。「かしこまりました。」そして静かに座って琴を撫でながら写し取った。楽師の涓は翌日報じて言った。「臣は得ましたが、まだ習いきっておりません。もう一晩泊まって習うことをお許しください。」霊公は言った。「よし。」そこでまた泊まった。翌日にはすでに習い終え、ついに発って晋へ至った。晋の平公は施夷の台で酒宴を開いた。酒がたけなわになり、霊公が立って言った。「新しい調べがあります。お聞かせしたく存じます。」平公は言った。「よろしい。」そこで楽師の涓を呼び、師曠のかたわらに座らせ、琴を引き寄せて弾かせた。まだ終わらないうちに、師曠が手で押さえてやめさせ、言った。「これは国を失う音です。続けてはなりません。」平公は言った。「これはどこから出たのか。」師曠は言った。「これは楽師の延が作ったもので、紂のために作った淫らな楽です。武王が紂を討つと、楽師の延は東へ逃げ、濮水に至ってみずから身を投げました。

故聞此聲者,必於濮水之上。先聞此聲者,其國必削,不可遂。」平公曰:「寡人所好者,音也,子其使遂之。」師涓鼓究之。平公問師曠曰:「此所謂何聲也?」師曠曰:「此所謂清商也。」公曰:「清商固最悲乎?」師曠曰:「不如清徵。」公曰:「清徵可得而聞乎?」師曠曰:「不可。古之聽清徵者,皆有德義之君也。今吾君德薄,不足以聽。」平公曰:「寡人之所好者,音也,願試聽之。」師曠不得已,援琴而鼓。一奏之,有玄鶴二八,道南方來,集於郎門之垝。再奏之,而列。三奏之,延頸而鳴,舒翼而舞,音中宮商之聲,聲聞于天。平公大說,坐者皆喜。平公提觴而起爲師曠壽,反坐而問曰:「音莫悲於清徵乎?」師曠曰:「不如清角。」平公曰:「清角可得而聞乎?」師曠曰:「不可。

ですからこの音を聞く者は、必ず濮水のほとりで聞きます。先にこの音を聞いた国は必ず削られます。続けてはなりません。」平公は言った。「わたしが好むのは音楽である。おまえは続けて弾かせよ。」楽師の涓は終わりまで弾いた。平公が師曠に尋ねた。「これはいわゆる何という音か。」師曠は言った。「これはいわゆる清商です。」公は言った。「清商がもともと最も悲しいのか。」師曠は言った。「清徴には及びません。」公は言った。「清徴を聞くことはできるか。」師曠は言った。「できません。いにしえに清徴を聞いた者は、みな徳と義のある君でした。いま我が君は徳が薄く、聞くには足りません。」平公は言った。「わたしが好むのは音楽である。試しに聞きたい。」師曠はやむなく琴を引き寄せて弾いた。一度奏すると黒い鶴が十六羽、南の方から来て郎門の崩れた垣に集まった。二度奏すると列をなした。三度奏すると首を伸ばして鳴き、翼を広げて舞い、その声は宮と商の調べに合って、天まで聞こえた。平公は大いに喜び、座にいた者もみな喜んだ。平公は杯を提げて立ち、師曠の長寿を祝い、座に戻って尋ねた。「音に清徴より悲しいものはないのか。」師曠は言った。「清角には及びません。」平公は言った。「清角を聞くことはできるか。」師曠は言った。「できません。

昔者黄帝合鬼神於泰山之上,駕象車而六蛟龍,畢方並鎋,蚩尤居前,風伯進掃,雨師洒道,虎狼在前,鬼神在後,騰蛇伏地,鳯皇覆上,大合鬼神,作爲清角。今吾君德薄,不足聽之。聽之,將恐有敗。」平公曰:「寡人老矣,所好者音也,願遂聽之。」師曠不得已而鼓之。一奏之,有玄雲從西北方起;再奏之,大風至,大雨隨之,裂帷幕,破爼豆,隳廊瓦。坐者散走,平公恐懼,伏于廊室之間。晉國大旱,赤地三年。平公之身遂癃病。故曰:不務聽治,而好五音不已,則窮身之事也。

昔、黄帝が泰山の上で鬼神を集めたとき、象の車に乗って六頭の蛟竜を駆り、畢方が並んで車軸を執り、蚩尤が前に立ち、風伯が進んで道を掃き、雨師が道に水を打ち、虎と狼が前にあり、鬼神が後ろにあり、騰蛇が地に伏し、鳳凰が上を覆い、大いに鬼神を集めて清角を作りました。いま我が君は徳が薄く、これを聞くには足りません。お聞きになれば、破れが生じることを恐れます。」平公は言った。「わたしは老いた。好むのは音楽である。どうしても聞きたい。」師曠はやむなくこれを弾いた。一度奏すると黒い雲が西北から起こり、二度奏すると大風が至り、大雨がそれに続いて、帷幕を裂き、祭りの器を砕き、廊の瓦を崩した。座にいた者は散って逃げ、平公は恐れて廊の間に伏せた。晋の国は大いに旱となり、地は三年のあいだ赤く枯れ、平公の身はついに痩せ衰える病となった。だから言う。政を聞いて治めることに努めず、五音を好んでやめなければ、身を窮させる事である。

奚謂貪愎?昔者智伯瑤率趙、韓、魏而伐范、中行,滅之。反歸,休兵數年,因令人請地於韓。韓康子欲勿與,段規諫曰:「不可不與也。夫知伯之爲人也,好利而驁愎。彼來請地而弗與,則移兵於韓必矣。君其與之。與之,彼狃,又將請地他國。他國且有不聽,不聽,則知伯必加之兵。如是,韓可以免於患而待其事之變。」康子曰:「諾。」因令使者致萬家之縣一於知伯。知伯說,又令人請地於魏。宣子欲勿與,趙葭諫曰:「彼請地於韓,韓與之。今請地於魏,魏弗與,則是魏内自强,而外怒知伯也。如弗予,其措兵於魏必矣。不如予之。」宣子曰:「諾。」因令人致萬家之縣一於知伯。知伯又令人之趙請蔡、臯狼之地,趙襄子弗與。知伯因陰約韓、魏將以伐趙。襄子召張孟談而告之曰:「夫知伯之爲人也,陽親而陰䟽。三使韓、魏而寡人不與焉,其措兵於寡人必矣。

貪りと片意地とは何か。昔、智伯瑤が趙・韓・魏を率いて范氏と中行氏を討ち、これを滅ぼした。帰ってきて数年兵を休め、そこで人を遣わして韓に地を求めた。韓の康子は与えまいとしたが、段規が諫めて言った。「与えないわけにはいきません。智伯の人柄は利を好み、荒く片意地です。彼が来て地を求めるのに与えなければ、兵を韓に向けるのは必定です。君は与えなさい。与えれば彼は味を覚えて、また他の国に地を求めるでしょう。他の国のなかには聞かないところがあり、聞かなければ智伯は必ずそこに兵を加えます。そうなれば韓は患いを免れ、事の転じるのを待てます。」康子は言った。「よし。」そこで使者に一万戸の県一つを智伯に差し出させた。智伯は喜んで、また人を遣わして魏に地を求めた。宣子は与えまいとしたが、趙葭が諫めて言った。「彼が韓に地を求めれば韓は与えました。いま魏に地を求めて魏が与えなければ、それは魏が内で強がって外で智伯を怒らせることです。与えなければ兵を魏に向けるのは必定ですから、与えるに越したことはありません。」宣子は言った。「よし。」そこで人を遣わして一万戸の県一つを智伯に差し出させた。智伯はまた人を趙へ遣わして蔡と皐狼の地を求めたが、趙の襄子は与えなかった。智伯はそこでひそかに韓と魏と約束して趙を討とうとした。襄子は張孟談を呼んで告げた。「智伯の人柄は表で親しみ裏で遠ざける。三度も韓と魏に使いを出しながら、わたしには声をかけなかった。その兵をわたしに向けるのは必定だ。

今吾安居而可?」張孟談曰:「夫董閼子,簡主之才臣也,其治晉陽,而尹鐸循之,其餘教猶存,君其定居晉陽而已矣。」君曰:「諾。」乃召延陵生,令將車騎先至晉陽,君因從之。君至,而行其城郭及五官之藏。城郭不治,倉無積粟,府無儲錢,庫無甲兵,邑無守具。襄子懼,乃召張孟談曰:「寡人行城郭及五官之藏,皆不備具,吾將何以應敵?」張孟談曰:「臣聞聖人之治,藏於民,不藏於府庫,務脩其教不治城郭。君其出令,令民自遺三年之食,有餘粟者入之倉;遺三年之用,有餘錢者入之府;遺有奇人者使治城郭之繕。」君夕出令,明日,倉不容粟,府無積錢,庫不受甲兵。居五日而城郭已治,守備已具。君召張孟談而問之曰:「吾城郭已治,守備已具,錢粟已足,甲兵有餘。吾柰無箭何?」張孟談曰:「臣聞董子之治晉陽也,公宮之垣皆以荻蒿楛楚墻之,有楛高至于丈。君發而用之。」於是發而試之,其堅則雖菌簵之勁弗能過也。君曰:「吾箭已足矣,柰無金何?」張孟談曰:「臣聞董子之治晉陽也,公宮令舍之堂,皆以鍊銅爲柱、質。君發而用之。」於是發而用之,有餘金矣。號令已定,守備已具。

いま、わたしはどこに居ればよいか。」張孟談は言った。「董閼子は簡主の才ある臣で、晋陽を治め、尹鐸がそれを引き継いで守りましたから、その残した教えがまだ生きています。君は晋陽に居を定められればよろしい。」君は言った。「よし。」そこで延陵生を呼び、車と騎兵を率いて先に晋陽へ至らせ、君はそれに従った。君が着いて、その城郭と五つの役所の蔵を見て回ると、城郭は整っておらず、倉に蓄えた穀物がなく、蔵に貯えた銭がなく、武器庫に鎧も武器もなく、町に守りの道具もなかった。襄子は恐れて張孟談を呼んで言った。「わたしが城郭と五つの役所の蔵を見て回ったが、どれも備わっていない。わたしは何をもって敵に当たればよいか。」張孟談は言った。「臣はこう聞いております。聖人の治めかたは、民のところに蓄えて蔵に蓄えず、その教えを整えることに努めて城郭を整えることに努めません。君は命を下され、民に三年分の食を残して余った穀物は倉に入れさせ、三年分の費えを残して余った銭は蔵に入れさせ、余る人手のある家には城郭の修繕を務めさせなさい。」君が夕方に命を下すと、翌日には倉が穀物を入れきれず、蔵に銭を積む場所がなく、武器庫が鎧や武器を受けきれなかった。五日たつと城郭はもう整い、守りの備えもそろった。君は張孟談を呼んで尋ねた。「わが城郭はもう整い、守りの備えもそろい、銭と穀物は十分で、鎧と武器は余っている。だが矢がないのをどうするか。」張孟談は言った。「臣はこう聞いております。董子が晋陽を治めたとき、公宮の垣はみな荻や蒿や楛や楚で囲い、楛には丈にまで届くものがあります。君は取り出してお使いなさい。」そこで取り出して試してみると、その堅さは良い竹にも劣らなかった。君は言った。「わが矢はもう十分だ。金物がないのをどうするか。」張孟談は言った。「臣はこう聞いております。董子が晋陽を治めたとき、公宮と役宅の堂にはみな練った銅を柱と礎にしています。君は取り出してお使いなさい。」そこで取り出して使うと、金物は余った。号令はすでに定まり、守りの備えもすでにそろった。

三國之兵果至。至則乘晉陽之城,遂戰。三月弗能拔。因舒軍而圍之,決晉陽之水以灌之。圍晉陽三年。城中巢居而處,懸釜而炊,財食將盡,士大夫羸病。襄子謂張孟談曰:「粮食匱,財力盡,士大夫羸病,吾恐不能守矣!欲以城下,何國之可下?」張孟談曰:「臣聞之,亡弗能存,危弗能安,則無爲貴智矣。君釋此計者。臣請試潜行而出,見韓、魏之君。」張孟談見韓、魏之君曰:「臣聞脣亡齒寒。今知伯率二君而伐趙,趙將亡矣。趙亡,則二君爲之次。」二君曰:「我知其然也。雖然,知伯之爲人也,麤中而少親。我謀而覺,則其禍必至矣。爲之柰何?」張孟談曰:「謀出二君之口而入臣之耳,人莫之知也。」二君因與張孟談約三軍之反,與之期日。夜遣孟談入晉陽,以報二君之反。襄子迎孟談而再拜之,且恐且喜。二君以約遣張孟談,因朝知伯而出,遇智過於轅門之外。智過怪其色,因入見知伯曰:「二君貌將有變。」君曰:「何如?」「其行矜而意高,非他時之節也,君不如先之。」君曰:「吾與二主約謹矣,破趙而三分其地,寡人所以親之,必不侵欺。兵之著於晉陽三年,今旦暮將拔之而嚮其利,何乃將有他心?

三国の軍は果たして至った。至ると晋陽の城に取りついて戦ったが、三月たっても抜けなかった。そこで軍を広げて囲み、晋陽の水を切ってそこへ注ぎ込んだ。晋陽を三年囲んだ。城の中では巣のように高いところに住み、釜を吊って炊き、財も食も尽きかけ、士大夫は痩せて病んだ。襄子は張孟談に言った。「食糧は乏しく、財力は尽き、士大夫は痩せて病んだ。わたしは守りきれないのではないかと恐れる。城を差し出して降りたいが、どの国に降りればよいか。」張孟談は言った。「臣はこう聞いております。滅びようとするものを存えさせられず、危ういものを安らげられないなら、智を貴ぶ意味がありません。君はこの計をお捨てなさい。臣がひそかに抜け出て、韓と魏の君に会ってみることをお許しください。」張孟談は韓と魏の君に会って言った。「臣はこう聞いております。唇が無くなれば歯が寒い。いま智伯が二君を率いて趙を討ち、趙は滅びようとしています。趙が滅びれば、二君がその次です。」二君は言った。「我々もそうなると分かっている。とはいえ智伯の人柄は中身が荒く、親しむところが少ない。我々が謀って気づかれれば、その災いは必ず至る。どうすればよいか。」張孟談は言った。「謀は二君の口から出て臣の耳に入ったのですから、知る人はおりません。」二君はそこで張孟談と三軍が寝返ることを約束し、日を決めた。夜、孟談を晋陽に送り入れ、二君が寝返ることを報じた。襄子は孟談を迎えて二度拝み、恐れながらも喜んだ。二君は約束して張孟談を帰し、そのあと智伯に参朝して退出したところ、轅門の外で智過に出会った。智過はその顔色をあやしみ、そこで入って智伯に会って言った。「二君の様子に変わりが起きそうです。」君は言った。「どういうことだ。」「その歩みはこわばり、意気は高く、いつもの調子ではありません。君は先手を打たれるに越したことはありません。」君は言った。「わたしは二人の主と約束を固く交わした。趙を破ってその地を三つに分けることにしており、それがわたしが彼らを親しむゆえんだ。必ず侵したり欺いたりはしない。兵が晋陽に張りついて三年、いま朝夕のうちに抜いてその利に向かうところだ。どうして他の心があろうか。

必不然。子釋勿憂,勿出於口。」明旦,二主又朝而出,復見智過於轅門。智過入見曰:「君以臣之言告二主乎?」君曰:「何以知之?」曰:「今日二主朝而出,見臣而其色動,而視屬臣。此必有變,君不如殺之。」君曰:「子置勿復言。」智過曰:「不可,必殺之。若不能殺,遂親之。」君曰:「親之柰何?」智過曰:「魏宣子之謀臣曰趙葭,韓康子之謀臣曰段規,此皆能移其君之計。君其與二君約,破趙國,因封二子者各萬家之縣一。如是,則二主之心可以無變矣。」知伯曰:「破趙而三分其地,又封二子者各萬家之縣一,則吾所得者少。不可。」智過見其言之不聽也,出,因更其族爲輔氏。至於期日之夜,趙氏殺其守堤之吏而決其水灌知伯軍。知伯軍救水而亂,韓、魏翼而擊之,襄子將卒犯其前,大敗知伯之軍而擒知伯。知伯身死軍破,國分爲三,爲天下笑。

必ずそうではない。おまえは放っておいて心配するな、口に出すな。」翌朝、二人の主がまた参朝して退出し、ふたたび轅門で智過に出会った。智過は入って会って言った。「君は臣の言葉を二人の主にお伝えになりましたか。」君は言った。「どうして分かる。」言った。「今日、二人の主が参朝して退出するとき、臣を見て顔色が動き、目を臣に向けました。これは必ず変わりがあります。君は殺されるに越したことはありません。」君は言った。「おまえはやめて、もう言うな。」智過は言った。「なりません。必ず殺されますよう。もし殺せないのなら、親しまれますよう。」君は言った。「親しむとはどうするのだ。」智過は言った。「魏の宣子の謀臣は趙葭といい、韓の康子の謀臣は段規といいます。これらはみなその君の計を動かせる者です。君は二君と約束して、趙の国を破ったらこの二人にそれぞれ一万戸の県一つを封じられますよう。そうすれば二人の主の心は変わらずにすみます。」智伯は言った。「趙を破ってその地を三つに分け、さらに二人にそれぞれ一万戸の県を封じれば、わたしの得るものが少ない。だめだ。」智過はその言葉が聞かれないのを見て、退出し、そこで自分の氏を輔氏に改めた。決めた日の夜に至り、趙氏はその堤を守る役人を殺し、水を切って智伯の軍に注ぎ込んだ。智伯の軍は水を防ぐのに乱れ、韓と魏が両翼から打ちかかり、襄子は兵を率いてその正面を突き、智伯の軍を大いに破って智伯を捕らえた。智伯は身は死に軍は破れ、国は三つに分かれて、天下の笑いものとなった。

故曰:貪愎好利,則㓕國殺身之本也。

だから言う。貪り、片意地で、利を好むのは、国を滅ぼし身を殺すもとである。

奚謂耽於女樂?昔者戎王使由余聘於秦,穆公問之曰:「寡人嘗聞道而未得目見之也,願聞古之明主得國失國常何以。」由余對曰:「臣嘗得聞之矣,常以儉得之,以奢失之。」穆公曰:「寡人不辱而問道於子,子以儉對寡人,何也?」由余對曰:「臣聞昔者堯有天下,飯於土簋,飲於土鉶。其地南至交趾,北至幽都,東西至日月之所出入者,莫不賓服。堯禪天下,虞舜受之,作爲食器,斬山木而財之,削鋸脩其迹,流漆墨其上,輸之於宮以爲食器。諸侯以爲益侈,國之不服者十三。舜禪天下而傳之於禹,禹作爲祭器,墨染其外,而朱畫其内,縵帛爲茵,蔣席頗緣,觴酌有采,而樽爼有飾。此彌侈矣,而國之不服者三十三。夏后氏沒,殷人受之,作爲大路,而建九旒,食器雕琢,觴酌刻鏤,白壁堊墀,茵席雕文。此彌侈矣,而國之不服者五十三。君子皆知文章矣,而欲服者彌少。臣故曰:儉其道也。」由余出,公乃召内史廖而告之,曰:「寡人聞鄰國有聖人,敵國之憂也。

女と楽にふけるとは何か。昔、戎王が由余を秦への使いに出した。穆公は尋ねた。「わたしはかつて道について聞いたが、目で見たことはない。いにしえの明らかな主が国を得、国を失ったのは、いつも何によったのか聞きたい。」由余は答えた。「臣はかつてそれを聞きました。いつも倹しさで得て、奢りで失います。」穆公は言った。「わたしは恥を忍んでおまえに道を尋ねたのに、おまえが倹しさでわたしに答えるのはどういうことか。」由余は答えた。「臣はこう聞いております。昔、堯が天下を治めたとき、土の器で飯を食い、土の器で飲みました。その地は南は交趾に至り、北は幽都に至り、東西は日月の出入りするところにまで至って、客として服さないところはありませんでした。堯が天下を譲って虞舜が受け、食器を作るのに山の木を切って材とし、削り鋸で挽いてその跡を整え、漆を流してその上を黒くし、宮へ運んで食器としました。諸侯はいよいよ奢ったと見て、国のうち服さないところが十三ありました。舜が天下を譲って禹に伝えると、禹は祭器を作り、外は黒く染め、内は朱で描き、無地の絹を敷物とし、まこもの席に縁を取り、杯には彩りがあり、酒樽とまな板に飾りがありました。これはいよいよ奢ったもので、国のうち服さないところが三十三ありました。夏后氏が去って殷の人が受け継ぎ、大きな車を作って九つの垂れ飾りの旗を立て、食器を彫り刻み、杯を刻み透かし、白い壁に白土を塗った階、敷物と席に文様を彫りました。これはいよいよ奢ったもので、国のうち服さないところが五十三ありました。君子はみな文様を知るようになったのに、服そうとする者はいよいよ少なくなりました。だから臣は、倹しさがその道だと申すのです。」由余が退くと、穆公はそこで内史の廖を呼んで告げた。「わたしは、隣国に聖人がいるのは敵国の憂いだと聞いた。

今由余,聖人也,寡人患之,吾將柰何?」内史廖曰:「臣聞戎王之居,僻陋而道遠,未聞中國之聲。君其遺之女樂,以亂其政,而後爲由余請朝,以䟽其諫。彼君臣有間而後可圖也。」君曰:「諾。」乃使内史廖以女樂二八遺戎王,因爲由余請期。戎王許諾,見其女樂而說之,設酒張飲,日以聽樂,終歲不遷,牛馬半死。由余歸,因諫戎王,戎王弗聽,由余遂去之秦。秦穆公迎而拜之上卿,問其兵勢與其地形。既以得之,舉兵而伐之,兼國十二,開地千里。故曰:耽於女樂,不顧國政,則亡國之禍也。奚謂離内遠遊?昔者齊景公遊於海而樂之,號令諸大夫曰:「言歸者死。」顔涿聚曰:「君遊海而樂之,柰臣有圖國者何?君雖樂之,將安得?」齊景公曰:「寡人布令曰『言歸者死』,今子犯寡人之令。」援戈將擊之。顔涿聚曰:「昔桀殺關龍逢而紂殺王子比干,今君雖殺臣之身,以三之可也。臣言爲國,非爲身也。」延頸而前曰:「君擊之矣。」君乃釋戈趣駕而歸。至三日,而聞國人有謀不内齊景公者矣。齊景公所以遂有齊國者,顔涿聚之力也。

いま由余は聖人だ。わたしはそれを憂える。どうすればよいか。」内史の廖は言った。「臣はこう聞いております。戎王の住むところは偏って狭く、道も遠く、中国の調べを聞いたことがありません。君は彼に女の楽を贈ってその政を乱し、そのうえで由余のために参朝を願い出て、その諫めを遠ざけられますよう。あの君臣に隙ができてから図ることができます。」君は言った。「よし。」そこで内史の廖に女の楽十六人を戎王へ贈らせ、あわせて由余のために日取りを願い出た。戎王は承知し、その女の楽を見て喜び、酒宴を張って飲み、日々楽を聞いて、年が暮れるまで居を移さず、牛馬は半分も死んだ。由余が帰って戎王を諫めたが、戎王は聞かず、由余はついに去って秦へ行った。秦の穆公は迎えて上卿に任じ、その兵の勢いと地形を尋ねた。それを手に入れると、兵を挙げて討ち、国十二を併せ、地を千里ひらいた。だから言う。女と楽にふけって国政を顧みないのは、国を失う災いである。内を離れて遠く遊ぶとは何か。昔、斉の景公が海に遊んでそれを楽しみ、大夫たちに号令した。「帰ろうと言う者は死だ。」顔涿聚が言った。「君は海に遊んでこれを楽しまれますが、臣のうちに国を図る者がいたらどうなさいますか。君がいかに楽しまれても、それを保てるでしょうか。」斉の景公は言った。「わたしは『帰ろうと言う者は死だ』と令を布いた。いまおまえはわたしの令を犯した。」戈を取って打とうとした。顔涿聚は言った。「昔、桀は関龍逢を殺し、紂は王子比干を殺しました。いま君が臣の身を殺して三人目になさってもかまいません。臣が申したのは国のためで、身のためではありません。」首を伸ばして前に出て言った。「君、お打ちください。」君はそこで戈を置き、急いで車を駆って帰った。三日して、国の人のうちに斉の景公を迎え入れまいと謀った者がいたと聞いた。斉の景公がついに斉の国を保てたのは、顔涿聚の力である。

故曰:離内遠遊,則危身之道也。

だから言う。内を離れて遠く遊ぶのは、身を危うくする道である。

奚謂過而不聽於忠臣?昔者齊桓公九合諸侯,一匡天下,爲五伯長,管仲佐之。管仲老,不能用事,休居於家。桓公從而問之曰:「仲父家居有病,即不幸而不起此病,政安遷之?」管仲曰:「臣老矣,不可問也。雖然,臣聞之,知臣莫若君,知子莫若父。君其試以心決之。」君曰:「鮑叔牙何如?」管仲曰:「不可。鮑叔牙爲人,剛愎而上悍。剛則犯民以暴,愎則不得民心,悍則下不爲用。其心不懼,非霸者之佐也。」公曰:「然則竪刁何如?」管仲曰:「不可。夫人之情莫不愛其身。公妬而好内,竪刁自獖以爲治内。其身不愛,又安能愛君?」公曰:「然則衛公子開方何如?」管仲曰:「不可。齊、衞之間不過十日之行,開方爲事君,欲適君之故,十五年不歸見其父母,此非人情也。其父母之不親也,又能親君乎?」公曰:「然則易牙何如?」管仲曰:「不可。夫易牙爲君主味,君之所未嘗食唯人肉耳,易牙蒸其子首而進之,君所知也。人之情莫不愛其子,今蒸其子以爲膳於君,其子弗愛,又安能愛君乎?」公曰:「然則孰可?」管仲曰:「隰朋可。其爲人也,堅中而廉外,少欲而多信。夫堅中,則足以爲表;廉外,則可以大任;少欲,則能臨其衆;多信,則能親鄰國。此霸者之佐也,君其用之。」君曰:「諾。」居一年餘,管仲死,君遂不用隰朋而與竪刁。刁蒞事三年,桓公南遊堂阜,竪刁率易牙、衞公子開方及大臣爲亂。桓公渴餒而死南門之寢公守之室,身死三月不收,蟲出于户。故桓公之兵橫行天下,爲五伯長,卒見弑於其臣,而滅高名,爲天下笑者,何也?不用管仲之過也。故曰:過而不聽於忠臣,獨行其意,則滅其高名爲人笑之始也。

過ちがあっても忠臣の言を聞かないとは何か。昔、斉の桓公は九たび諸侯を集め、ひとたび天下を正して五覇の長となった。管仲がそれを助けた。管仲が老いて政を執れなくなり、家に退いて休んだ。桓公は訪ねて尋ねた。「仲父は家にいて病んでいる。もし不幸にこの病から起てなければ、政はどこへ移せばよいか。」管仲は言った。「臣は老いましたから、お尋ねになるほどの者ではありません。とはいえ臣はこう聞いております。臣を知るに君に及ぶ者はなく、子を知るに父に及ぶ者はない。君は試しにご自分の心で決められますよう。」君は言った。「鮑叔牙はどうか。」管仲は言った。「なりません。鮑叔牙の人柄は剛で片意地、そのうえ荒いのです。剛であれば荒々しさで民を侵し、片意地であれば民の心を得られず、荒ければ下の者が使われようとしません。その心は恐れを知らず、覇者を助ける者ではありません。」公は言った。「それでは竪刁はどうか。」管仲は言った。「なりません。人の情として我が身を愛さない者はおりません。公は妬み深く女色を好まれるので、竪刁はみずから去勢して奥向きを治めました。その身すら愛さない者が、どうして君を愛せましょうか。」公は言った。「それでは衛の公子開方はどうか。」管仲は言った。「なりません。斉と衛のあいだは十日の道のりに過ぎないのに、開方は君に仕えると言って君の意に添うため、十五年ものあいだ帰ってその父母に会いませんでした。これは人の情ではありません。その父母に親しまない者が、君に親しめましょうか。」公は言った。「それでは易牙はどうか。」管仲は言った。「なりません。易牙は君のために味を預かり、君がまだ食べたことのないものは人の肉だけだというので、易牙はその子の首を蒸して差し出しました。君もご存じのことです。人の情として我が子を愛さない者はおりません。いまその子を蒸して君への膳としました。その子すら愛さない者が、どうして君を愛せましょうか。」公は言った。「それでは誰がよいか。」管仲は言った。「隰朋がよろしい。その人柄は内が堅く外が清く、欲が少なく信が多い。内が堅ければ手本となるに足り、外が清ければ大任を負わせられ、欲が少なければその衆に臨むことができ、信が多ければ隣国と親しむことができます。これが覇者を助ける者です。君はこれをお用いなさい。」君は言った。「よし。」一年あまりして管仲が死ぬと、君はついに隰朋を用いず竪刁に委ねた。竪刁が政に就いて三年、桓公が南の堂阜に遊ぶと、竪刁は易牙と衛の公子開方と大臣を率いて乱を起こした。桓公は渇えて飢え、南門の内の寝所を守る部屋で死に、身は死んで三月も収められず、虫が戸口から出た。では桓公の兵が天下を横行して五覇の長となりながら、ついにその臣に殺され、高い名を滅ぼして天下の笑いものとなったのはなぜか。管仲を用いなかった過ちである。だから言う。過ちがあっても忠臣の言を聞かず、ひとり我が意を行うのは、その高い名を滅ぼし人に笑われる始まりである。

奚謂内不量力?昔者秦之攻宜陽,韓氏急。公仲朋謂韓君曰:「與國不可恃也,豈如因張儀爲和於秦哉!因賂以名都而南與伐楚,是患解於秦而害交於楚也。」公曰:「善。」乃警公仲之行,將西和秦。楚王聞之,懼,召陳軫而告之曰:「韓朋將西和秦,今將柰何?」陳軫曰:「秦得韓之都一,驅其練甲,秦、韓爲一以南鄉楚,此秦王之所以廟祠而求也,其爲楚害必矣。王其趣發信臣,多其車、重其幣以奉韓,曰:『不穀之國雖小,卒已悉起,願大國之信意於秦也。因願大國令使者入境視楚之起卒也。』」韓使人之楚,楚王因發車騎陳之下路,謂韓使者曰:「報韓君,言弊邑之兵今將入境矣。」使者還報韓君,韓君大悅,止公仲。公仲曰:「不可。夫以實害我者,秦也;以名救我者,楚也。聽楚之虚言而輕强秦之實禍,則危國之本也。」韓君弗聽。公仲怒而歸,十日不朝。宜陽益急,韓君令使者趣卒於楚,冠蓋相望而卒無至者。宜陽果拔,爲諸侯笑。故曰:内不量力,外恃諸侯者,則國削之患也。

内で力を量らないとは何か。昔、秦が宜陽を攻めたとき、韓氏は急であった。公仲朋が韓の君に言った。「味方の国は頼りになりません。張儀を通じて秦と和するに越したことはありません。名のある都を贈って、南へともに楚を討てば、それは秦では患いを解き、楚には害を回すことです。」公は言った。「よし。」そこで公仲の出立を整えさせ、西へ秦と和そうとした。楚王はこれを聞いて恐れ、陳軫を呼んで告げた。「韓の朋が西へ秦と和そうとしている。いまどうすればよいか。」陳軫は言った。「秦が韓の都一つを得てその鍛えた甲兵を駆り、秦と韓が一つになって南へ楚に向かうのは、秦王が廟に祈って求めてきたことで、楚の害となるのは必定です。王は急いで信のおける臣を遣わし、車を多くし贈り物を重くして韓を奉じ、こう言わせなさい。『わたしの国は小さいとはいえ、兵はすでにすべて起こしました。大国が秦に対して心を固くされますよう願います。そのうえ、大国が使者を国境に入れて楚が兵を起こしたのをご覧になることを願います。』」韓が人を楚へ遣わすと、楚王はそこで車と騎兵を出して下の道に並べ、韓の使者に言った。「韓の君に報じて、わが国の兵はいま国境に入るところだと伝えなさい。」使者が帰って韓の君に報じると、韓の君は大いに喜んで公仲を止めた。公仲は言った。「なりません。実際に我らを害するのは秦で、名目で我らを救うのは楚です。楚の空言を聞いて強い秦の実際の災いを軽んじるのは、国を危うくするもとです。」韓の君は聞かなかった。公仲は怒って帰り、十日のあいだ参朝しなかった。宜陽はますます急になり、韓の君は使者に楚へ兵を急がせたが、冠と日傘が行き交うほど使いを出しても、兵は一人も来なかった。宜陽は果たして抜かれ、諸侯の笑いものとなった。だから言う。内で力を量らず、外で諸侯を頼むのは、国が削られる患いである。

奚謂國小無禮?昔者晉公子重耳出亡,過於曹,曹君袒裼而觀之。釐負羈與叔瞻侍於前。叔瞻謂曹君曰:「臣觀晉公子,非常人也。君遇之無禮,彼若有時反國而起兵,即恐爲曹傷。君不如殺之。」曹君弗聽。釐負羈歸而不樂,其妻問之曰:「公從外來而有不樂之色,何也?」負羈曰:「吾聞之,有福不及,禍來連我。今日吾君召晉公子,其遇之無禮。我與在前,吾是以不樂。」其妻曰:「吾觀晉公子,萬乘之主也;其左右從者,萬乘之相也。今窮而出亡過於曹,曹遇之無禮。此若反國,必誅無禮,則曹其首也。子奚不先自貳焉。」負羈曰:「諾。」盛黄金於壺,充之以餐,加璧其上,夜令人遺公子。公子見使者,再拜,受其餐而辭其璧。公子自曹入楚,自楚入秦。入秦三年,秦穆公召羣臣而謀曰:「昔者晉獻公與寡人交,諸侯莫弗聞。獻公不幸離羣臣,出入十年矣。嗣子不善,吾恐此將令其宗廟不祓除而社稷不血食也。如是弗定,則非與人交之道。吾欲輔重耳而入之晉,何如?」羣臣皆曰:「善。」公因起卒,革車五百乘,疇騎二千,步卒五萬,輔重耳入之于晉,立爲晉君。重耳即位三年,舉兵而伐曹矣。因令人告曹君曰:「懸叔瞻而出之,我且殺而以爲大戮。」又令人告釐負羈曰:「軍旅薄城,吾知子不違也。其表子之閭,寡人將以爲令,令軍勿敢犯。」曹人聞之,率其親戚而保釐負羈之閭者七百餘家。此禮之所用也。故曹,小國也,而迫於晉、楚之間,其君之危猶累卵也,而以無禮蒞之,此所以絶世也。故曰:國小無禮,不用諫臣,則絶世之勢也。

国が小さいのに礼がないとは何か。昔、晋の公子重耳が逃れて曹を通ったとき、曹の君は肌をあらわにしたままで彼を見物した。釐負羈と叔瞻が前に控えていた。叔瞻が曹の君に言った。「臣が晋の公子を見ますに、並の人ではありません。君が彼を礼を欠いて扱われると、彼がもし時を得て国に帰り兵を起こせば、曹の害となることを恐れます。君は彼を殺されるに越したことはありません。」曹の君は聞かなかった。釐負羈は帰って気が晴れず、その妻が尋ねた。「あなたは外からお帰りになって浮かない顔色です。どうなさったのですか。」負羈は言った。「わたしはこう聞いている。福は及ばないが、災いは来てわたしに連なる。今日わが君が晋の公子を呼んで礼を欠いて扱い、わたしもその前にいた。だから気が晴れないのだ。」その妻は言った。「わたしが晋の公子を見ますに、万乗の主です。その側近の従う者たちは万乗の相です。いま窮して逃れ曹を通るのに、曹は礼を欠いて扱いました。この人がもし国に帰れば、必ず礼を欠いた者を誅するでしょう。曹がその第一でしょう。あなたはなぜ先にご自分だけ別にしておかないのですか。」負羈は言った。「よし。」壺に黄金を入れ、その上に飯を詰め、璧を載せて、夜に人を遣わして公子に贈った。公子は使者に会って二度拝み、その飯は受けて璧は辞した。公子は曹から楚へ入り、楚から秦へ入った。秦に入って三年、秦の穆公は臣下たちを呼んで謀った。「昔、晋の献公がわたしと交わったことは、諸侯で聞かない者はない。献公が不幸にも臣下たちを離れて十年になる。跡を継いだ子は善からず、わたしはこのままではその宗廟が祓い清められず、社稷に血のそそぎが絶えるのではないかと恐れる。こうなっていながら定めないのは、人と交わる道ではない。わたしは重耳を助けて晋に入れたいが、どうか。」臣下たちはみな言った。「よろしい。」公はそこで兵を起こし、革車五百乗、騎兵二千、歩卒五万で重耳を助けて晋に入れ、晋の君に立てた。重耳は即位して三年、兵を挙げて曹を討った。あわせて人を遣わして曹の君に告げた。「叔瞻を吊って出せ。わたしは彼を殺して大いなる刑としよう。」また人を遣わして釐負羈に告げた。「軍が城に迫るが、わたしはおまえが背かないと知っている。おまえの里に表を立てよ。わたしはそれを令として、軍にあえて犯させないようにしよう。」曹の人がこれを聞いて、その親戚を率いて釐負羈の里に身を寄せた者が七百余家であった。これが礼の役立つところである。曹は小さな国で、晋と楚のあいだに追いつめられ、その君の危うさは積んだ卵のようであったのに、礼を欠いて事に臨んだ。これが血筋の絶えるゆえんである。だから言う。国が小さいのに礼がなく、諫める臣を用いないのは、血筋が絶える勢いである。