いにしえの文 › 韓非子(韓非の書)

飾邪

韓非子(韓非の書) 韓非子 · 韓非と後学 · 紀元前3世紀 · 段落 8 · 漢字 2,118字 · 朗読 8.5分

韓非子(韓非の書) 法家が一堂に集まった書である。商鞅の法と申不害の術と慎到の勢を、韓非が受け継いで一つに編んだ。人は善だから善なのではなく、悪をなしえないから善であると見て、君主が頼るべきは仁ではなく法と術と勢であると説く。 矛盾がここから出た。貫けない盾と貫けないものがない矛を一緒に売る楚の人の話で、堯と舜をともに称えることはできないことを示し、難勢でもう一度、仁と勢をめぐって同じたとえを挙げる。切り株を守って兎を待った宋の人(守株待兎)と、足を二度切られてはじめて玉と認められた和氏の璧も、この書の話である。 語ることの難しさを扱った説難には、龍の喉の下に逆さに生えた鱗の話がある。君主にもそのような鱗があり、触れれば死ぬというのだが、当の韓非自身が秦で獄に捕らわれて死んだ。 存韓には、韓非が秦王に奉った文と、そのすぐ後に李斯が「韓非は韓のために来た者なので、帰してはならない」と奉った文が並べて収められている。一人を死に追いやった文書が、その人の書に一緒に残った。

鑿龜數筴,兆曰「大吉」,而以攻燕者,趙也。鑿龜數筴,兆曰「大吉」,而以攻趙者,燕也。劇辛之事燕,無功而社稷危;鄒衍之事燕,無功而國道絶。趙代先得意於燕,後得意於齊,國亂節高,自以爲與秦提衡,非趙龜神而燕龜欺也。趙又嘗鑿龜數筴而北伐燕,將劫燕以逆秦,兆曰「大吉」。始攻大梁而秦出上黨矣,兵至釐而六城拔矣;至陽城,秦拔鄴矣,龐援揄兵而南,則鄣盡矣。臣故曰:趙龜雖無遠見於燕,且宜近見於秦。秦以其「大吉」,辟地有實,救燕有有名。趙以其「大吉」,地削兵辱,主不得意而死。又非秦龜神而趙龜欺也。初時者,魏數年東鄉攻盡陶、衞,數年西鄉以失其國,此非豐隆、五行、太一、王相、攝提、六神、五括、天河、殷搶、歲星數年在西也,又非天缺、弧逆、刑星、熒惑、奎台數年在東也。故曰:龜筴鬼神不足舉勝,左右背鄉不足以專戰。然而恃之,愚莫大焉。

亀を焼き筮竹を数え、卦が「大吉」と出たので燕を攻めたのは趙である。亀を焼き筮竹を数え、卦が「大吉」と出たので趙を攻めたのは燕である。劇辛が燕に仕えて功なく社稷は危うくなり、鄒衍が燕に仕えて功なく国の道は絶えた。趙は続いて先に燕で意を得、後に斉で意を得、国は乱れながら気概は高く、みずから秦とはかりを並べると思った。趙の亀が霊妙で燕の亀が偽ったわけではない。趙はまたかつて亀を焼き筮竹を数え、北へ燕を討って燕を脅して秦に当たろうとしたとき、卦は「大吉」と出た。大梁を攻め始めると秦は上党へ出てきて、兵が釐に至ると六つの城が抜かれた。陽城に至ると秦は鄴を抜き、龐援が兵を引いて南へ向かうと、砦はすべて失われた。だから臣は言う。趙の亀が燕について遠くを見られなかったとしても、秦については近くを見るべきであった。秦はその「大吉」で地をひらいて実を得、燕を救った名も得た。趙はその「大吉」で地は削られ兵は辱められ、主は意を得ないままに死んだ。これもまた秦の亀が霊妙で趙の亀が偽ったわけではない。初めのころ、魏は数年のあいだ東に向かって陶と衞をことごとく攻め、数年のあいだ西に向かってその国を失った。これは豊隆・五行・太一・王相・摂提・六神・五括・天河・殷搶・歳星が数年のあいだ西にあったからではなく、また天缺・弧逆・刑星・熒惑・奎台が数年のあいだ東にあったからでもない。だから言う。亀と筮竹と鬼神は勝ちを決めるに足らず、左右や背向きは戦いを決めるに足らない。それなのにこれを恃む。愚かさはこれより大きいものはない。

古者先王盡力於親民,加事於明法。彼法明,則忠臣勸;罰必,則邪臣止。忠勸邪止而地廣主尊者,秦是也;羣臣朋黨比周以隱正道行私曲而地削主卑者,山東是也。亂弱者亡,人之性也;治强者王,古之道也。越王勾踐恃大朋之龜與吳戰而不勝,身臣入宦于吳;反國弃龜,明法親民以報吳,則夫差爲擒。故恃鬼神者慢於法,恃諸侯者危其國。曹恃齊而不聽宋,齊攻荊而宋滅曹。邢恃吳而不聽齊,越伐吳而齊滅邢。許恃荊而不聽魏,荊攻宋而魏滅許。鄭恃魏而不聽韓,魏攻荊而韓滅鄭。今者韓國小而恃大國,主慢而聽秦、魏,恃齊、荊爲用,而小國愈亡。故恃人不足以廣壤,而韓不見也。荊爲攻魏而加兵許、鄢,齊攻任、扈而削魏,不足以存鄭,而韓弗知也。此皆不明其法禁以治其國,恃外以滅其社稷者也。

いにしえの先王は民を親しむことに力を尽くし、法を明らかにすることに事を加えた。あの法が明らかであれば忠臣は励み、罰が必ず行われれば邪な臣は止まる。忠が励まれ邪が止まって地が広がり主が尊くなったのは秦である。臣下たちが党を組んで正しい道を隠し私の曲がりを行い、地が削られ主が低くなったのは山東の国々である。乱れて弱い者が滅びるのは人の性であり、治まって強い者が王となるのはいにしえの道である。越王句践は大きな朋の文のある亀を恃んで呉と戦い、勝てずに、みずから臣となって呉に入って使役を受けた。国に帰って亀を捨て、法を明らかにし民を親しんで呉に報いたので、夫差は捕らえられた。だから鬼神を恃む者は法に怠り、諸侯を恃む者はその国を危うくする。曹は斉を恃んで宋の言を聞かず、斉が楚を攻めるときに宋が曹を滅ぼした。邢は呉を恃んで斉の言を聞かず、越が呉を討つときに斉が邢を滅ぼした。許は楚を恃んで魏の言を聞かず、楚が宋を攻めるときに魏が許を滅ぼした。鄭は魏を恃んで韓の言を聞かず、魏が楚を攻めるときに韓が鄭を滅ぼした。いま韓は国が小さいのに大国を恃み、主が怠って秦と魏の言を聞き、斉と楚を恃んで使われ、小さな国はいよいよ滅びへ向かう。だから人を恃むことは地を広げるに足らないのに、韓はそれを見ていない。楚が魏を攻めるために許と鄢に兵を加え、斉が任と扈を攻めて魏を削っても、鄭を存えさせるには足らなかったのに、韓はそれを知らない。これらはみな、その法と禁を明らかにして自分の国を治めず、外を恃んでその社稷を滅ぼした者たちである。

臣故曰:明於治之數,則國雖小,富;賞罰敬信,民雖寡,强。賞罰無度,國雖大,兵弱者,地非其地,民非其民也。無地無民,堯、舜不能以王,三代不能以强。人主又以過予,人臣又以徒取。舍法律而言先王明君之功者,上任之以國。臣故曰:是願古之功,以古之賞賞今之人也。主以是過予,而臣以此徒取矣。主過予,則臣偷幸;臣徒取,則功不尊。無功者受賞,則財匱而民望;財匱而民望,則民不盡力矣。故用賞過者失民,用刑過者民不畏。有賞不足以勸,有刑不足以禁,則國雖大,必危。

だから臣は言う。治める数に明らかであれば、国は小さくても富む。賞罰を慎み信じられるようにすれば、民は少なくても強い。賞罰に法度がなければ、国は大きくても兵は弱く、地は自分の地ではなく、民は自分の民ではない。地がなく民がなければ、堯や舜でも王となれず、三代でも強くなれない。そのうえ主は与えすぎ、臣はただ取る。法律を措いて先王や明らかな君の功を語る者に、上は国を任せる。だから臣は言う。これはいにしえの功を願って、いにしえの賞で今の人に賞することである。主はこれによって与えすぎ、臣はこれによってただ取る。主が与えすぎれば臣はまぐれを盗み、臣がただ取れば功は尊ばれない。功のない者が賞を受ければ財が乏しくなって民は不満を抱き、財が乏しくなって民が不満を抱けば、民は力を尽くさない。だから賞の用い方が過ぎる者は民を失い、刑の用い方が過ぎる者は民に恐れられない。賞があっても励ますに足らず、刑があっても禁じるに足らなければ、国は大きくても必ず危うい。

故曰:小知不可使謀事,小忠不可使主法。荊恭王與晉厲公戰於鄢陵,荊師敗,恭王傷。酣戰,而司馬子反渴而求飲,其友竪穀陽奉巵酒而進之。子反曰:「去之,此酒也。」竪穀陽曰:「非也。」子反受而飲之。子反爲人嗜酒,甘之,不能絶之於口,醉而臥。恭王欲復戰而謀事,使人召子反,子反辭以心疾。恭王駕而往視之,入幄中,聞酒臭而還,曰:「今日之戰,寡人目親傷。所恃者司馬,司馬又如此,是亡荊國之社稷而不恤吾衆也。寡人無與復戰矣。」罷師而去之,斬子反以爲大戮。故曰:竪穀陽之進酒也,非以端惡子反也,實心以忠愛之,而適足以殺之而已矣。此行小忠而賊大忠者也。故曰:小忠,大忠之賊也。若使小忠主法,則必將赦罪以相愛,是與下安矣,然而妨害於治民者也。

だから言う。小さな智には事を謀らせてはならず、小さな忠には法を預けてはならない。楚の恭王が晋の厲公と鄢陵で戦い、楚の軍は敗れ、恭王は傷ついた。戦いのたけなわ、司馬の子反が渇いて飲み物を求めたところ、その友の小者の穀陽が杯に酒をささげて差し出した。子反は言った。「どけよ、これは酒だ。」小者の穀陽は言った。「違います。」子反は受け取って飲んだ。子反の人柄は酒を好み、甘いと思えば口から離せないので、酔って横になった。恭王がもう一度戦おうとして事を謀り、人を遣わして子反を呼んだが、子反は胸の病だと言って断った。恭王は車を駆って見に行き、幕の中に入ったが、酒の匂いを嗅いで引き返し、言った。「今日の戦いで、わたしは目をみずから傷つけた。頼りにしているのは司馬なのに、その司馬がまたこのようだ。これは楚の社稷を滅ぼし、わが兵をあわれまないということだ。わたしにはともに戦う相手がもういない。」軍を解いて去り、子反を斬って大いなる刑とした。だから言う。小者の穀陽が酒を差し出したのは、はじめから子反を憎んでいたのではなく、まことに心から忠として彼を愛したのに、ちょうどそれが彼を殺すのに十分だっただけである。これは小さな忠を行って大きな忠を損なったのである。だから言う。小さな忠は大きな忠の賊である。もし小さな忠に法を預ければ、必ず互いに愛し合って罪を赦すだろう。それは下の者とは安らかだが、民を治めることには害をなすのである。

當魏之方明《立辟》、從憲令之時,有功者必賞,有罪者必誅,强匡天下,威行四隣;及法慢,妄予,而國日削矣。當趙之方明《國律》、從大軍之時,人衆兵强,辟地齊、燕;及《國律》慢,用者弱,而國日削矣。當燕之方明《奉法》、審官斷之時,東縣齊國,南盡中山之地;及《奉法》已亡,官斷不用,左右交爭,論從其下,則兵弱而地削,國制於隣敵矣。故曰:明法者强,慢法者弱。强弱如是其明矣,而世主弗爲,國亡宜矣。語曰:「家有常業,雖飢不餓;國有常法,雖危不亡。」夫舍常法而從私意,則臣下飾於智能;臣下飾於智能,則法禁不立矣。是妄意之道行,治國之道廢也。治國之道,去害法者,則不惑於智能,不矯於名譽矣。

魏がちょうど『立辟』を明らかにし、憲令に従っていたころは、功ある者は必ず賞され、罪ある者は必ず誅され、強くて天下を正し、威は四方の隣に行き渡った。法が怠られ、みだりに与えるようになると、国は日ごとに削られた。趙がちょうど『国律』を明らかにし、大軍に従っていたころは、人は多く兵は強く、斉と燕に地をひらいた。『国律』が怠られ、用いる者が弱くなると、国は日ごとに削られた。燕がちょうど『奉法』を明らかにし、官の断を審らかにしていたころは、東に斉の国を県とし、南に中山の地をことごとく得た。『奉法』がすでに失われ、官の断が用いられず、側近が争い合い、議論が下に従うようになると、兵は弱く地は削られ、国は隣の敵に制された。だから言う。法を明らかにする者は強く、法に怠る者は弱い。強弱がこれほど明らかであるのに世の主がそうしない。国が滅びるのも当然である。古い言葉に「家に常の生業があれば、飢えても餓え死にしない。国に常の法があれば、危うくても滅びない」という。常の法を措いて私の意に従えば、臣下は智と能で飾る。臣下が智と能で飾れば、法と禁は立たない。これはみだりな意の道が行われ、国を治める道が廃れることである。国を治める道は、法を害する者を除くことである。そうすれば智と能に惑わされず、名誉に曲げられない。

昔者舜使吏決鴻水,先令有功而舜殺之;禹朝諸侯之君會稽之上,防風之君後至而禹斬之。以此觀之,先令者殺,後令者斬,則古者先貴如令矣。故鏡埶清而無事,美惡從而比焉;衡埶正而無事,輕重從而載焉。夫揺鏡則不得爲明,揺衡則不得爲正,法之謂也。故先王以道爲常,以法爲本。本治者名尊,本亂者名絶。凡智能明通,有以則行,無以則止。故智能單道,不可傳於人。而道法萬全,智能多失。夫懸衡而知平,設規而知圓,萬全之道也。明主使民飾於道之故,故佚而有功。釋規而任巧,釋法而任智,惑亂之道也。亂主使民飾於智,不知道之故,故勞而無功。釋法禁而聽請謁,羣臣賣官於上,取賞於下,是以利在私家而威在羣臣。

昔、舜が役人に大水を切り開かせたとき、命より先に功を立てた者を舜は殺した。禹が会稽の上で諸侯の君たちを参朝させたとき、防風の君が遅れて着いたので禹は斬った。これで見れば、命より先んじた者は殺され、命に遅れた者は斬られた。いにしえには命のとおりにすることを何より貴んだのである。だから鏡は清さを保って手を加えないからこそ、美と醜がそれに照らして比べられる。はかりは正しさを保って手を加えないからこそ、軽重がそれに載せられる。鏡を揺らせば明らかでありえず、はかりを揺らせば正しくありえない。法のことを言っているのである。だから先王は道を常とし、法を本とした。本が治まった者は名が尊く、本が乱れた者は名が絶える。智と能が明らかに通じていても、用いどころがあれば行い、なければ止まる。だから智と能はただ一人の道であって、人に伝えることができない。しかし道と法は万に一つも誤らず、智と能は失うところが多い。はかりを吊って平らを知り、ぶんまわしを据えて円を知るのが、万に一つも誤らない道である。明らかな主は民に道で飾らせるから、安らかにして功がある。ぶんまわしを措いて巧みに任せ、法を措いて智に任せるのは、惑い乱れる道である。乱れた主は民に智で飾らせ、道を知らないから、労して功がない。法と禁を措いて願い出を聞けば、臣下たちは上に官を売り、下から賞を取る。だから利は私の家にあり、威は臣下たちにある。

故民無盡力事主之心,而務爲交於上。民好上交,則貨財上流而巧說者用。若是,則有功者愈少。姦臣愈進而材臣退,則主惑而不知所行,民聚而不知所道。此廢法禁、後功勞、舉名譽、聽請謁之失也。凡敗法之人,必設詐託物以來親,又好言天下之所希有,此暴君亂主之所以惑也,人臣賢佐之所以侵也。故人臣稱伊尹、管仲之功,則背法飾智有資;稱比干、子胥之忠而見殺,則疾强諫有辭。夫上稱賢明,下稱暴亂,不可以取類,若是者禁。君之立法,以爲是也,今人臣多立其私智以法爲非者,是邪以智,過法立智。如是者禁,主之道也。

だから民は力を尽くして主に仕える心がなく、上と交わることに努める。民が上と交わるのを好めば、財貨は上へ流れ、巧みに説く者が用いられる。こうなれば功ある者はますます少なくなる。姦な臣がますます進み、才ある臣が退けば、主は惑って行うべきところを知らず、民は集まっても導かれるところを知らない。これが法と禁を廃し、功労を後にし、名誉を挙げ、願い出を聞くことの落ち度である。法を崩す人は、必ず偽りを設け物に託して親しみを得ようとし、また天下にまれなことを語るのを好む。これが荒い君や乱れた主が惑うゆえんであり、臣や賢い補佐が侵されるゆえんである。だから臣が伊尹や管仲の功を称えれば、法に背いて智を飾る資ができ、比干や子胥の忠が殺されたことを称えれば、無理に諫めることを憎む口実ができる。上では賢明を称え、下では荒れ乱れを称えるのは、同類として扱えない。こういうものは禁じる。君が法を立てたのはそれが正しいと考えたからであるのに、いま臣はしきりに自分の私の智を立てて法を非とする。これは智によって邪をなし、法を越えて智を立てることである。こういうものを禁じるのが主の道である。

明主之道,必明於公私之分,明法制,去私恩。夫令必行,禁必止,人主之公義也;必行其私,信於朋友,不可爲賞勸,不可爲罰沮,人臣之私義也。私義行則亂,公義行則治,故公私有分。人臣有私心,有公義。脩身潔白而行公行正,居官無私,人臣之公義也;汙行從欲,安身利家,人臣之私心也。明主在上,則人臣去私心行公義;亂主在上,則人臣去公義行私心。故君臣異心,君以計畜臣,臣以計事君,君臣之交,計也。害身而利國,臣弗爲也;害國而利臣,君不行也。臣之情,害身無利;君之情,害國無親。君臣也者,以計合者也。至夫臨難必死,盡智竭力,爲法爲之。故先王明賞以勸之,嚴刑以威之。賞刑明,則民盡死;民盡死,則兵強主尊。刑賞不察,則民無功而求得,有罪而幸免,則兵弱主卑。故先王賢佐盡力竭智。故曰:公私不可不明,法禁不可不審,先王知之矣。

明らかな主の道は、必ず公と私の分かれ目に明らかで、法制を明らかにし、私の恩を去る。命が必ず行われ、禁が必ず止むのは、君主の公の義である。自分の私を必ず行い、友に信を通し、賞で励ますこともできず罰で止めることもできないのは、臣の私の義である。私の義が行われれば乱れ、公の義が行われれば治まる。だから公と私には分かれ目がある。臣には私の心があり、公の義がある。身を修めて潔白にし、公に正しく行い、官にあって私がないのは、臣の公の義である。行いを汚して欲に従い、身を安んじ家を利するのは、臣の私の心である。明らかな主が上にあれば、臣は私の心を去って公の義を行う。乱れた主が上にあれば、臣は公の義を去って私の心を行う。だから君と臣は心が異なる。君は計で臣を養い、臣は計で君に仕える。君と臣の交わりは計である。身を害して国を利することは臣はしない。国を害して臣を利することは君は行わない。臣の情としては身を害することに利はなく、君の情としては国を害することに親しみはない。君と臣とは、計で結び合った仲である。難に臨んで必ず死に、智と力を尽くすに至るのは、法がそうさせるのである。だから先王は賞を明らかにして励まし、刑を厳しくして威を立てた。賞と刑が明らかであれば民は死を尽くし、民が死を尽くせば兵は強く主は尊い。刑と賞を見極めなければ、民は功なく得ようとし、罪があってもまぐれで免れようとする。それでは兵は弱く主は低い。だから先王と賢い補佐は力と智を尽くした。だから言う。公と私は明らかにしないわけにいかず、法と禁は審らかにしないわけにいかない。先王はこれを知っていた。